- 講演「『お参り』がボクらの心にもたらしてくれること。」終了!
講演「『お参り』がボクらの心にもたらしてくれること。」
2026年9月5日(土)18:30〜20:00 @はやしばら有限会社さん
「むれ源平『石あかりロード』」が盛り上がっている9月5日(土)の夜、「石あかりロード」沿いの「はやしばら有限会社」さんからお誘いいただき、「『お参り』がボクらの心にもたらしてくれること。」と題して、「お参り」についてお伝えする機会をいただきました。22名もの方に来ていただき、石屋になってから続けている毎日の「お参り」、そして息子と一緒に行くようになって感じた「お参り」のすばらしさ、間違いなく、子どもだけでなく、ボクら大人にもたくさんのことをもたらしてくれる…ってことなど、これまでの「お参り」で感じたことを心入れてお伝えさせていただきました!
参加いただいた方の感想

・素晴らしい講演をありがとうございました。森重さんのエピソードの数々が感情にダイレクトに刺さりまくりでした!特に印象に残ったエピソードは2つです。ひとつは家系図の話です。おじい様が経験したであろう苦労や苦悩を森重さんを介して想像した時に、私自身も今ここに生きる奇跡を感じ、先祖への感謝がどっと湧いてきました。もう1つはご長男が、足が完治してバスケットボールをした際に、お礼参りに行こうと言った話です。完治するまでの過程で、ご長男がご先祖様に支えられていたことが分かり、それまでの森重さんの講演内容と繋がって感動的でした。私自身は30歳を超えて幾つかの経験を経て先祖を心の中に感じるようになり、それが心の安定にも繋がっています。ただ、その感覚を子どもにも理解できるのか、どうすれば伝えられるのか、全然考えてこなかったのです。今日のお話はそれを考える機会にもなりましたし、お墓参りにいっしょに行くことの必要性を理解しました。ちょっと生き方も変えてくれそうな講演でした。本当にありがとうございました!

・ご自身の経験談踏まえての講演感激致しました。まずはお墓参りに行ってきます。毎日ではなくとも対話をする事も含めていつもより回数を増やしてきます。また自分のルーツを探ることで改めて自分を再認識し心を落ち着かせる事が出来る可能性を見出せた事に感謝です。これからも応援しています。また機会があれば参加させて頂きたく思います。ありがとうございました!
・たまたま森重さんと出会い、ご縁があって参加させてもらったお話会。今の私にとても心に刺さる内容でした。両親は九州出身ですが、お墓がどこにあるのかも全然知らないし、もう何十年も行ったことがありません。家族でそんな話をしたことも、ほとんどありませんでした。毎日、目の前の現実に振り回されて、思うようにいかないことがあると、「何か運気が上がるものはないかな」と外に答えを探していたように思います。でも今回のお話を聞いて、目の前で起きている出来事も、ご先祖さまからの贈り物なのかもしれないなぁと感じました。事情があって、自分のルーツについてはよく知らないのですが、そんなに難しくなく調べることができると知り、「自分のルーツを知ってみたいな」と素直に思いました。今まであまり考えたことがなかったことに、目を向けるきっかけをいただいた気がします。何度聞いても、その時その時で感じることがあり、価値のあるお話だと思います。ありがとうございました。

・最初から最後まで本当に素晴らしいお話しでした。息子さんがお墓の前で手を合わせている写真、そして、6ヶ月も大好きなバスケができず、悔しい思いをした期間の長さ。そして、その間ずっとご先祖さまにお祈りしている(完全なパーソナルな空間であること)が、森重さんの言葉でしっかりと伝わってきました。ご家族にとっても辛く、長い時間だったと思います。わたしも亡くなった父の写真によく話しかけていますが、自分の子ども達も誰か?に心の中で相談やお願いが自由にできる人が、ご先祖さまで、いずれはそれが自分になれればいいなと、日頃の自分自身への行動の戒めにもなると思いました。普段から、父はお天道さまになったと思い、日々わたしを見守ってくれていると感じてますが、子ども達もそのような感覚を覚えて欲しいと思っています。ライフジャケットの活動以上に求めてられている事かもと思いました。ぜひ、小学校のPTAなどで講演されたらいいのでは?と思いました。とてもいいお話しなので、いろんな場所でお話しする機会が増えることを期待しています。
- 四国新聞に大きく掲載!

四国新聞さんが「石にふれる、『お参り』を考える。」のことを大きく取り上げてくださいました。集まってくださったみなさんの雰囲気が多くの方に届くといいな…と思っています。ありがたいです。みなさんからの感想を読み返しながら、大切なことは何なのか…ってこと、しっかり考え続けていきたいです。今日もボチボチ修行がんばります。
- レジェンドな職人さんと。

早朝からレジェンドな職人さんと現場へ出発。いつもどおり、約束よりかなり早くに来られました。ちょっと体調崩されてたけど、めちゃくちゃ元気そうで安心しました。ボチボチがんばってきます。
- イベントから1週間…胸いっぱいです!

「石にふれる、『お参り』を考える。」のイベントから1週間が経ちました。天候に恵まれた奇跡に感謝しつつ、みなさんの感想を読ませてもらって日々胸いっぱい泣きそうになっております。秋にまたやります。ぜひお越しください。出張開催もやります。もし各地で開催したい方おたれたらぜひ!今日もボチボチがんばります。
- 紆余曲折…からの完成!

紆余曲折ありましたが、なんとか庵治石中目のお墓さんがだいたい出来上がりました。最後の仕上げがもう少し残っていますが、ちょっとホッとしています。お届けした先で、みなさんに喜んでいただけることを思って、最後までしっかり心入れてがんばりたいと思います。
- おばあちゃんのじゃがいも。

事務所で仕事をしていたら、ちはるさんが「いつもお墓参りありがとう。」っていつもおばあちゃんが作ってくれていたじゃがいもにさとうまぶしたのんを持ってきてくれました。ボクはおばあちゃんのことを知らないけど、こんな形でつながれるのがありがたいです。美味しくいただきました。今日もボチボチ修行がんばります。
- note更新しました!

毎日の「お参り」に息子がついてきている姿を見ながら、「『お参り』は子どもたちを育てる最強の習慣!」だと心から感じています。なぜ「お参り」が子どもの心を育てるのか…ってことについて、noteとvoicyでまとめてみました。お時間ある時にぜひ!
Voicy
https://voicy.jp/channel/818403/7943718 - 大丁場見学に来てくださいました!

昨日も大丁場の見学に来てくださった方がいました。実際に見ていただくことで、画像や動画ではなかなか伝わらない雰囲気や迫力を感じていただけることがうれしいです。どうかたくさんの方に「庵治石」の魅力を知っていただけますように…。今日もボチボチ修行がんばります。
- もう一度、チャレンジ。

磨き上がった下台の色目が合わなかったので、もう一度やり直しています。大口径での切削にもちょっと慣れてきました。どうかキズが出ませんように…。そして色目が合いますように…。今日もボチボチ修行がんばります。
- 三男からの手紙。

父の日だということで、三男からハートいっぱいのお手紙をもらいました。うれしすぎて泣きそうです。そして、土曜日のワークショップにご参加いただいた方から、続々と素敵すぎる感想をいただいています。もう胸いっぱいで泣きそうです。今日もボチボチ修行がんばります。
- 「石にふれる、『お参り』を考える。」無事終了!
「OMAIRI」ワークショップ・「石にふれる、『お参り』を考える。」のイベントが無事終了しました!

総勢30名近いみなさんにご参加いただき、大丁場の見学からの石割り体験、そしてアジサーキュラーパークで「お参り」について考えるワークショップ、やらせていただきました!天気も味方して、なんとか無事に終えられてホッとしております。

見学や体験ももちろん楽しかったのですが、みなさんと「お参り」について共有させていただいた時間がステキな空気でいい時間になりました。いろいろ反省もありますが、まずは1回目のチャレンジができてよよかったです。サポートいただいたみなさん、参加いただいたみなさんに心から感謝です!ありがとうございました!

次回は、秋ごろに開催予定です。興味ある方はぜひ次回ご参加下さいね!
- いよいよ…

今日はいよいよ楽しみにしていた「石にふれる、『お参り』を考える。」のイベントやります!ボチボチ準備をさせていただいております。あいにくの雨ですが、来てくださったみなさんと楽しみたいと思います。いい時間になりますように…。
- 胸いっぱい。

昨日はご近所の方からご依頼いただき、庵治石の「お墓さん」を建てさせていただきました。早朝からすでに暑かったけど、レジェンドな職人の田中さんが手際よく仕上げてくださいました。完成したら、ボクが胸いっぱいになってしまいました。ありがたいです。今日もボチボチ修行がんばります。
- 「お墓さん」をお届けに行きました。

できあがった「お墓さん」を直接お届けに伺いました。心入れて作らせていただいて、こうして直接お届けできること、本当にありがたいです。本当に胸いっぱいになります。日々しっかりと意味を考えて、修行をがんばっていきたいと思います。
- もう一度、チャレンジ。

大きな黒玉がある石をなんとか使えないかとひとっさんと話合い、挽いてみることにしました。なんとか黒玉が見えなくなったけど、挽き進めていくとキズが見えてしまいました。もう一度チャレンジです。今日もボチボチ修行がんばります。
- 磨き上がりの庵治石。

せいちゃんの工場から磨き終わった石を持って帰ってきました。庵治石は、お墓さんが建ってから長い時間が経った後の雰囲気もいい感じなのですが、この磨き上がった瞬間の雰囲気も大好きです。今日もボチボチ修行がんばります。
- 届いた原石にワクワク。

丁場からお願いしていた原石が入ってきました。この瞬間が一番ワクワクします。傷はないかな…どこから挽こうかな…と大きな石を運びつつ、頭がフル回転になります。いいお墓さんが出来上がるまで、しっかりがんばりたいと思います。
- 大木戸さんの「ひやしかけ」

庵治産地にあるうどん屋さんの「大木戸」さんで「ひやしかけ」いただきました。だんだん暑くなってきたので、冷たい出汁が最高に美味しいです。こんなに美味しいうどんが近くにある幸せを日々噛み締めております。今日もボチボチがんばります。
- 石の加工はプロセスがおもしろい。

しょうじさんの工場に石を持っていくと、お昼休みで不在でしたが、徳島型の香炉が少しずつ形になっていました。石は、切り込みを入れて、形を作っていきます。このプロセスがおもしろいです。今日もボチボチがんばります。
- note更新しました!「ボクらの中にある『お参り』への温度のこと。」

note更新しました。記事を書きながら、いろんなことを考えることができました。胸いっぱいです。コメント欄のリンクから、ぜひ読んでいただければ…と思います。
https://note.com/ajistone/n/n4fe3e13172dc以下、記事から一部抜粋しました。今日もボチボチ修行がんばります。
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「やっぱり大切な人を大切にしたい」とか、「『お墓さん』の前で、大切な人に手を合わせたい」とか、「亡くなった人のことを、ずっと忘れたくない」とか…。そんな当たり前の願いを、ボクらはもっと堂々と言葉にしていいのだと思います。
若い世代の方々と話していて確信していることがあります。「お参り」や「お墓さん」の存在は、みんなの心から消えてしまったわけでも、離れきってしまっているわけでもありません。ただ、言葉にする場所がないだけで、本当はみんなの胸の奥に、ちゃんとあるってこと。
ボクはボク自身ができるだけ、この「お参り」や「お墓さん」の温度について、できる限り言葉にして発信し続けていくつもりです。そして、少しでも「お参り」をめぐる温度、亡くなった方々のことを思う温度を高められるように…。
ボク自身の周りから、じわじわと温かい空気を広げていけるようにしっかりと修行をがんばりたいと思います。 - 四国新聞に掲載いただきました!

四国新聞さんに「石にふれる、『お参り』を考える。」のイベントについてでっかく取り上げていただきました!ありがたいです。20日は、参加いただいたみなさんと「お参り」について考えてみたいと思います。楽しみです。新たなチャレンジがどうか1人でも多くの方の心に届きますように…。今日もボチボチ修行がんばります。
- 「斑(ふ)」に引き込まれる。

荷造りをしながら、磨き上がった竿石をじーっと見ていると、庵治石独特の「斑(ふ)」に見入ってしまいました。普段は、見逃してしまいがちだけど、こうやって見ていると、粒子が複雑に絡み合っていて本当に不思議です。自然ってすごい…って感動します。今日もボチボチ修行がんばります。
- しょうじさんの仕事。

しょうじさんの工場に加工してもらう石を持っていくと、ちょうど花立に穴を開けてくださっているところでした。いつも丁寧に墨を引いて、じっくり丁寧に仕上げてくださっている様子を見ると、いつも頭が下がります。今日もボチボチ修行がんばります。
- 石の加工のプロセスに感動。

しょうじさんの工場に行くと、徳島型の水鉢の加工の途中の石が置いてありました。石で形を作っていくときは、切り込みを入れたり、丸い穴を開けたりして、少しずつ形にしていきます。いつものことながら、このプロセスを見ると感動します。今日もボチボチ修行がんばります。
- 「さか枝」さんの釜玉。

子どものバスケの送迎があったので、久々に「さか枝」さんの釜玉いただきました。いつもの「大木戸」さんも美味しいですが、ちょっと足を伸ばすと、いろんなお店に出会えます。うどんが近くにある幸せ、日々噛み締めています。今日もボチボチがんばります。
- 大丁場は最高の景色!

時々、大丁場に上がらせてもらって、原石の様子を覗かせてもらっています。大きな重機が思いっきりがんばっていて、いつもその壮大な風景に感動させられます。何より天気のいい日は最高の景色。本当に素敵な場所です。大切な石、心入れてお墓さん作っていきたいです。今日もボチボチがんばります。
- 朝陽射し込む庵治産地。

朝陽が庵治産地に射し込み始める瞬間にはいつも心動かされます。自分たちが作っている「お墓さん」の意味を考え続ける日々。大切なことは何なのか…ってこと、しっかり考えながら日々「お墓さん」を作っていきたいと思います。今日もボチボチ修行がんばります。
- 息子たちと朝参り。

お兄ちゃんの運動会の朝、早起きした弟たちが氏神様とお墓さんに「お参り」に。自分たちでいろいろやってくれて、だんだんとしっかりしてきていて頼もしいな…と感じながら見守らせてもらいました。いい時間でした。今日もボチボチがんばります。
- ゆうじさん、石を割る。

ゆうじさんが石を割ってくださっていました。本当にいつも黙々と、着実に仕事をされていて、リスペクトしかありません。ゆうじさんの仕事を見せていただく度に、石を大切に「お墓さん」を作っていきたいと改めて思います。今日もボチボチ修行がんばります。
- 庵治石の原石を挽く。

採らせていただいた原石、とにかくとことん心入れてちょっとずつ「お墓さん」に加工させていただいています。いろいろうまくいかないこともあるけれど、できることをできる限り…ボチボチがんばっていきたいと思います。
- 【note】やっと語れるようになった「『庵治石』は、なぜ風化に強いのか?」ということ。

「庵治石」がなぜ風化に強いのか…ということについて、石屋になった時は説明ができませんでした。でも、専門家の方にいろいろ教えていただき、今はやっと説明をすることができるようになりました。今できる渾身の説明です!ぜひ一度、記事を読んでいただければ…と思います。感想等、お待ちしております!
note【やっと語れるようになった「『庵治石』は、なぜ風化に強いのか?」ということ。】
https://note.com/ajistone/n/n076706d57116 - 久通港から「大丁場」を望む。

だんだんと暑くなってきたけれど、朝晩は涼しくてとっても気持ちがいい庵治産地です。天気の良い日に久通港から見る大丁場は最高の景色です。日々、作らせていただいている「お墓さん」と向き合いながら、ボチボチ修行がんばりたいと思います。
- 【動画】「石にふれる、『お参り』を考える。」
めちゃくちゃ楽しみにしていたイベント!いよいよ詳細決定です! ショート動画撮ってみましたー。
https://www.youtube.com/embed/cdlPMbxR6Hs
6月20日(土)の午後、アジサーキュラーパークさんと「お参り」のことについて考えるイベントやります!庵治石「大丁場」の見学や石割り体験をしたり、参加いただいたみなさんと「お参り」のことについて考えたりするイベントです。募集定員は15名。参加費は500円(資料&保険代)です。申し込みはメッセンジャーからで大丈夫です!ぜひご参加ください!
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“お参り”って、どんな意味があるんだろう。
そんな問いを、石にふれながら考える体験イベントです。 庵治石の大丁場見学や石割り体験、産地の職人さんの仕事見学を通して、地域に根付く石文化にふれながら、「お参り」が私たちの心にもたらす豊かさについて見つめ、語り合います。
忙しい日常から少し立ち止まり、自分のこれまでや、大切な人とのつながりに想いを巡らせる。 心を整え、自分自身を見つめる、そんな時間を一緒に過ごしませんか。 - 息子の運動会で胸いっぱいになる。

次男と三男の運動会が終わりました。小さかった2人ですが、ものすごくがんばっている姿にちょっと涙が出ました。改めて、毎日の何気ない日々を大切に過ごしていきたいと思いました。今日もボチボチがんばります。
- 次男と続ける「朝参り」。

次男と2人での「朝参り」も約2ヶ月になりました。ちょいちょい休むこともありますが、できるだけ続けています。ちょっとずつ変化していく姿を見ているのがおもしろいです。どうか氏神様、お地蔵さん、ご先祖様に見守っていただけますように…。今日もボチボチ修行がんばります。
- 【6/20】募集開始!「石にふれる、『お参り』を考える。」

めちゃくちゃ楽しみにしていたイベント!いよいよ詳細決定です! 6月20日(土)の午後、アジサーキュラーパークさんと「お参り」のことについて考えるイベントやります!庵治石「大丁場」の見学や石割り体験をしたり、参加いただいたみなさんと「お参り」のことについて考えたりするイベントです。募集定員は15名。参加費は500円(資料&保険代)です。ぜひご参加ください!
“お参り”って、どんな意味があるんだろう。
そんな問いを、石にふれながら考える体験イベントです。 庵治石の大丁場見学や石割り体験、産地の職人さんの仕事見学を通して、地域に根付く石文化にふれながら、「お参り」が私たちの心にもたらす豊かさについて見つめ、語り合います。
忙しい日常から少し立ち止まり、自分のこれまでや、大切な人とのつながりに想いを巡らせる。 心を整え、自分自身を見つめる、そんな時間を一緒に過ごしませんか。 - ゆうじさんの石割り。

大丁場の石割り場では、ゆうじさんが大きな原石を割ってくださっていました。いつも黙々と仕事をしてくださっている姿にリスペクトしかありません。山から頂いた庵治石、大切にお墓さんを作っていきたいと思います。今日もボチボチ修行がんばります。
- 庵治産地の風景「夕刻の久通港」。

夕刻の久通港は、とんでもなくキレイな風景を見せてくれます。庵治産地では、その時間、その時間で本当に素晴らしい風景が見られます。見逃さないように…しっかりと風景を感じつつ、今日もボチボチ修行がんばりたいと思います。
- ひとっさんから学ぶ。

大きな原石を挽いた後のキズを確認する時、挽いて残った原石はもちろん、外した方を確認することもあります。ひとっさんが外したコッパの方で狙っている大きさが採れるか調べていました。学ぶことだらけです。今日もボチボチ修行がんばります。
- 八栗さんの「大般若法会奉修」に行ってきました!



八栗さんであった「大般若法会奉修」に家族でお参りに行きました。たくさんのお坊さんが大般若経600巻を転読する姿は圧巻でした。息子たちもお加持していただいて、ありがたいいい時間でした。今日もボチボチ修行がんばります。
- 大きな庵治石を挽く。

大きな原石が届いたので、大口径の切削機でキズを見るための「ハナ落とし」をしました。いつもはひとっさんにお願いしていたのですが、教えてもらってやらせてもらいました。いつもより考えることが多かったのですが、なんとか無事に終えられました。今日もボチボチ修行がんばります。
- Youtube更新しました!【3代目が教える!】「『おはか』は『ごせんぞさま』から幸せがもらえるところ!」

以前、知り合いの方からご依頼いただいて、急遽「『おはか』は『ごせんぞさま』から幸せがもらえるところ」という子どもたちに語りかける動画を作りました。同じようなご依頼があったので、Youtubeで公開させていただくことにしました。コメント欄にリンクあります。お時間ある時に、子どもさんと一緒に…ぜひ!今日もボチボチ修行がんばります。
【3代目が教える!】「『おはか』は『ごせんぞさま』から幸せがもらえるところ!」No.87
https://youtu.be/RtaQcFwROGg - テストの日の朝…お墓さんで感じる成長。

最近は、毎朝次男と一緒に「朝参り」に行っているのですが、中学校に入って初めてのテストの日の朝は長男もついてきました。久々に朝から真摯に手を合わせていました。お墓さんで見ると、だいぶ大きくなっていることを感じます。今日もボチボチ修行がんばります。
- 庵治石タップハンドルを見ながら、贅沢な1人ビール!



大好きなクラフトビール「しろすずめ」さんのビールルーム「とりかご」さんの庵治石のタップハンドルが完成したとのことで覗きに行ってきました。リスペクトする蒼島さんのお仕事。ホントすごいです。たまたま一緒になった方と庵治石やお墓さんの話で盛り上がりつつ、ビール美味しくいただきました。今日もボチボチ修行がんばります。
- 小学校の先生だったボクが、「庵治石」で「お墓さん」を作る「ひとっさん」に弟子入りした理由。

石屋になって7年が過ぎました。7年…と聞くと長いように感じると思いますが、もう本当に一瞬で、瞬く間に過ぎていった…という印象です。小学校の先生だったボクがなぜ「石屋になる」という選択をしたのか、そしてひたすら7年間走り抜けてきて分かってきたことについてちょっとまとめてみました。noteとvoicy、どちらもよかったら!
- 丁寧な手仕事に感謝。

しょうじさんは、いつも何も言わずに仕事をしてくださっていますが、丁寧な仕事にいつも感動させられています。「お墓さん」は、形を作る加工は職人さんの手仕事。本当にすごいです。1つひとつの仕事に感謝しつつ、しっかりと庵治石のお墓さんをお届けしていきたいと思います。今日もボチボチ修行がんばります。
- 母の日の息子たち。

母の日だから…と息子たちがラーメンを作ってくれました。トッピングやらいろいろ考えて、買い物からがんばってくれてました。美味しくいただきました。今日もボチボチ修行がんばります。
- 庵治産地の職人さんのこだわりの加工「水垂れ」

「水垂れ」といって、台を4方向の端を斜めにする加工。何気なくせいちゃんがキレイに仕上げてくれてるけど、全て手作業でいつもピシッと仕上げてくださっています。じっくり眺めると、本当にすごい仕事…と時々見惚れてしまいます。1つ1つの工程が素敵な職人さんの心入れたこだわりの加工です。今日もボチボチがんばります。
- Youtube「庵治石TV!」更新しました!
長崎のお墓さんに1人でゆっくり「お墓参り」をしました。お正月に「家系図」を作ったことで「お墓さん」におられるご先祖様のことがよく分かったので、お墓さんの横にある霊標に刻まれた1人ひとりのお名前を確かめていたら、これまで感じたことのない感覚を感じました。ボクはこれまでの人生で初めて「ボクのルーツはここだ…」と心から思えました。そんな話をしてみました。
No.86「初めて感じた『ルーツ感』から考えたこと。」
https://youtu.be/pHzXVDgVDCw
今日もボチボチがんばります。 - うどんで季節を感じる幸せを噛み締める。

大丁場で動画を撮影させてもらった帰りに、うちの人と「大木戸」でお昼。暑かったので「ひやしかけ」を美味しくいただきました。いよいよ「ひやしかけ」の季節。うどんで季節を感じる幸せを噛み締めてます。今日もボチボチ修行がんばります。
- 初めて感じた「ルーツ感」のこと。

入院している親戚のお見舞いに長崎まで行ってきました。1人ゆっくり「お墓さん」をお参りしました。「家系図」を作ったことで「お墓さん」におられるご先祖様のことがよく分かって、1人ひとりのお名前を確かめていたら、これまで感じたことのない感覚を感じました。
ボク自身、おじいちゃんがご先祖様のことを語らなかったことで、どこから来たのか…ってことが分からず、おじいちゃんは、流れ流れてここに来たんだろう…くらいに思っていました。ルーツかが分からない、ふわふわとした感じだったのですが、「家系図」を作ってご先祖様のことが分かりました。おじいちゃんは語らなかったのではなくて、知らなかった…ということが分かりました。
「家系図」を作って、間違いなく地に足がついた感がありました。海外でもルーツを探る…といったムーブメントがあるらしく、ボクの感覚は「グラウンディング」と呼ばれる感覚みたいです。詳しい方がおられたら、教えていただけたら嬉しいです。

そして今回、「家系図」を作って自分の中に落とし込めて初めて「お墓さん」に行きました。改めてお墓さんに刻まれているお名前を確かめていると、その方がどんな方なのか…ってことが少しイメージできて、そのみなさんがこのお墓さんにおられるんだな…って思いと、素敵な風景や空気と一緒に、これまでで初めて「ボクのルーツはここなんだ…」と心から思えました。感謝です。
このルーツ感を感じることができた今と、感じていないのとは全く違う気がしています。「家系図」を作った時とは全く違う、肌感としてルーツ感を感じることができました。たぶん、この感覚を得たボクはこれから息子たちに語る言葉は以前と全く違うはず…って思っています。
これから、もう少し、自分の中に起こった感覚のことを考えてみたいと思います。今の思いをvoicyで思いを話してみました。
- 「うどん」で感じる成長。

長男と2人でうどんを食べに来ました。仕事の合間は「大木戸」さんですが、家族で行く時は「とんぼ」さんです。2玉食べるようになった長男の成長を感じています。うどんで成長を感じられる幸せを噛み締めています。
いつもはかけうんどんや、釜玉を食べることが多くなってきていますが、関西にいた頃に香川に来たらよく食べていた贅沢に肉ぶっかけをいただきました。今日もボチボチがんばります。
- 「お墓さん」で感じる成長。

ちょっと時間があったので、息子たちと「お参り」に行きました。いつものように遊びながら、いつものように手を合わせて…。だんだんとしっかりしてきている様子を「お墓さん」で感じています。どうか息子たちのこと、見守っていただけますように…。今日もボチボチがんばります。
- 心入れて「庵治石」のお墓さんを作る。

いつも「手を合わせていただく『お墓さん』」を作らせていただいている…ということに感謝して、心を入れて仕事をさせてもらっています。「庵治石」は、作っていくのは難しい石だけど、やれることをとことんやらせてもらって、産地の職人の心が込もったいい「お墓さん」になるようにがんばりたいと思っています。
- 庵治石は難しいからこそ…

庵治石特有のキズをとことん確認して、石を最大に生かしていけるように挽いていきます。庵治石の加工は難しいけれど、難しいからこそ、思い入れが深くなっていく…って思います。いいお墓さんが作れるように…しっかり修行がんばっていきたいと思います。
- 庵治石の職人さんのこだわりの加工。

しょうじさんの工場に石を届けに行ったら、石粉まみれになりながら水鉢を作ってくださっているところでした。いつものことながら、細かいところまで丁寧に仕上げてくださることに心から感謝です。お墓さんが出来上がるまでのプロセス、たくさんの方に見ていただきたいと思っています。今日もボチボチ修行がんばります。
- 手を合わせていただくことをイメージして…

磨き上がった竿石がキレイだったので、ちょっと見入ってしまいました。大丁場・大進さんの庵治石細目のお墓さんは、室内で見るより、太陽の光の下で見るとなおキレイです。お届けした先で手を合わせていただけることをイメージしながら、最後までしっかり作っていきたいと思います。今日もボチボチ修行がんばります。
- 早朝の庵治石「大丁場」で「お墓さん」を作らせていただくことについて考える。

「お墓さん」を作る…という仕事をさせてもらえていること、本当にありがたい…と思っています。大切な方に手を合わせていただく場所を作るということの意味をしっかりと考えながら、日々がんばっていきたいと思っています。今日もボチボチ修行がんばります。
- 「お参り」は子どもにとって最強のサポーター。

石屋になってからずっと「お参り」を続けてきて、心から思っているのが「『お参り』は、子どもたちにとって最強のサポーターになる。」ということ。日々、息子たちと手を合わせながら、息子たちのこれからを思っています。今日もボチボチ修行がんばります。
- 静岡・掛川での講演が終わりました!

静岡掛川での講演が終わりました。庵治石や庵治産地の話も織り交ぜつつ、全力で「ライフジャケット」のことを伝えさせていただきました。香川に遊びに来たい!っておっしゃってくださる方もいて、うれしかったです。どうか思いが広がりますように…。今日もボチボチ修行がんばります。
- 静岡・掛川で講演させていただきます!

3代目ががんばっている「子どもたちにライジャケを!」の活動で、今日の13時から静岡掛川で「ライフジャケット」のことを伝えさせていただきます!なんと参加費無料、お子さんも一緒に参加いただけるそうです。思いっきり心入れて、「ライフジャケット」のことを伝えさせていただきたいと思います。ぜひお集まりください!静岡のみなさんにお会いできること、心から楽しみにしております!今日もボチボチがんばります。
- 庵治石「大丁場」、庵治産地のぞきにきてください!

最近、大丁場や庵治産地をのぞきに来てくださる方が増えています。石屋になった8年前、大丁場の壮大な風景と、お墓さんを作るプロセスを見て、心から感動したことを今でもよく覚えています。機会があれば、ぜひのぞきにきていただきたいです。お待ちしております。今日もボチボチ修行がんばります。
- 土砂降りの庵治石「大丁場」から「大木戸」さん

昨日も大丁場、庵治産地の見学に来てくださった方がいました。あいにくの土砂降りで景色はあまりキレイに見えなかったのですが、できるだけ伝えさせていただきました。寒かったので「大木戸さん」の温かいうどんが沁みました。今日もボチボチ修行がんばります。
- 庵治石と向かい合う。

大丁場の石割り場に行くと、ゆうじさんがちょうど墨を入れてくださっているところでした。しばらく石をじーっと見て、キズを見極めて墨を入れる…。このピリッとした空気感がすごかったです。いただいた石を大切に…心を入れて”お墓さん”を作っていきたいと思います。今日もボチボチ修行がんばります。
When I went to the stone splitting area in the large quarry, Yuji-san was just marking the stones with ink. He stared intently at the stones for a while, carefully examining the flaws before applying the ink… The tense atmosphere was incredible. I will cherish the stones I received and put my heart into creating the “OHAKA-SAN.” I will continue “SHUGYO” little by little today as well.
- 庵治石はキズとの戦い。

ひとっさんが軽トラの上でキズの確認をしていたので、ボクも一緒にじっくり見せてもらいました。明るい場所で見て、徹底的に確認します。霊標の寸法で挽けば大丈夫そうで安心しました。今日もボチボチ修行がんばります。
”Hitoshi-san” was checking the scratches on top of the mini-truck, so I joined him and took a good look. I checked it thoroughly in a well-lit place. I was relieved to see that it looked like it would be fine if I cut it to the dimensions of the memorial stone. I’ll keep working hard on my “SHUGYO” today as well.
- 「お墓さん」への思い。

「最近、出会った方に「お墓さん」への思いを伝えるようにしています。子どもたちとの「お参り」で感じたことや、書籍や論文で分かったことについて伝えると、聞いてくださった方がたくさん自分自身の話をしてくださいます。お話を聞いていると、心が温かくなるのを感じます。自分の作っているものの意味をしっかり考えながら、日々ボチボチ修行頑張りたいと思います。
- 庵治石も想像を超えるくらい広げたい。

息子の送迎であなぶきアリーナであった「香川ファイブアローズ」の最終節を観戦。キレイになったアリーナでのレギュラーシーズンで圧倒的な強さで優勝。すごい。香川でこんな風景が見れるなんて、想像もしていませんでした。庵治石も想像もしていなかったくらい広げられるように頑張りたいと思います。
- 庵治石を扱うことの難しさ。

ゆうじさんの石割を見せてもらっていたら、縦に割れずに横に走っていたキズに沿って割れてしまいました。庵治石はキズとの戦い。本当に難しいんです。でも難しいからこそ、真剣に向き合っていきたいと思っています。今日もボチボチがんばります。
- 「ソトコト」編集長・指出一正さんが庵治にやってきた!

アジサーキュラーパークで開催させていただいた「あの雑誌『ソトコト』編集長の指出一正さんが庵治にやってくる!」のイベントが終わりました!たくさんの方に集まっていただき、めちゃくちゃ楽しい時間を過ごさせていただきました!

指出さんの話はとにかく示唆に富んでいて、これからの庵治石、そして庵治産地の可能性を感じることができました。集まっていただいたみなんにお知らせさせていただきましたが、6月20日に「石にふれる、『お参り』を考える。」というイベントを開催させていただきます!楽しみにしていてくださいねー。

何より、大好きな指出さんとお出会いできて、ゆっくりお話しさせていただけたこと、本当に幸せな時間でした!ホンマに指出さん、めっちゃ素敵でした。みなさん、ありがとうございました!

対談の音源はこちら
- ゆうじさん、穴を開ける。

大丁場の石割り場に行くと、ちょうどゆうじさんが穴を開けてくださっているところでした。石粉まみれになりながら…でしたが、ボクに気づいて手を止めてくだいました。いろいろ話したあと、割るところまで見届けさせてもらいました。職人さんの仕事に感謝です。今日もボチボチ修行がんばります。
先日放送いただいたNHK「小さな旅」ですが、今日金曜日の午前11:05からNHK総合テレビで再放送があります。よかったらご覧ください。NHK ONEでは4月19日までアーカイブ視聴可能です。リンク貼っておきますので、こちらもぜひ! - 日々、心入れて。

毎日の「お参り」を続けながら、自分が作っている「お墓さん」のことを日々考えています。山からいただいた庵治石を大切に使いながら、手を合わせていただくものを作らせていただく…というありがたい仕事。日々、心入れてがんばりたいと思っています。今日もボチボチ修行がんばります。
- 次男との「朝参り」。

中学生になった長男は睡眠時間確保のために、毎朝の「お参り」を卒業。入れ替わって、5年になった次男との「お参り」生活が始まりました。「お参り」を続けることで感じることがたくさんあるはず…。日々、応援したいと思います。今日もボチボチ修行がんばります。
- 三男の小学校初登校。

三男の登校初日、5年になる次男が常に手を添えて、優しく連れてってくれました。長男は、1人で自転車で中学校へ。どんどん大きくなっていく息子たち、日々大切にしていきたいと思います。今日もボチボチ修行がんばります。
庵治石細目「松原等石材店」森重裕二
- NHK「小さな旅」ご視聴ありがとうございました!

NHK「小さな旅」を観てくださったみなさんから、たくさん連絡をいただきました。本当にありがとうございます!夜は、Youtubeライブでお祝いさせていただきました。集まってくださったみなさん、ありがとうございました。これを機に、たくさんの方に庵治石、そして庵治産地に関心を持っていただけたらうれしいなと思います。もし機会があれば、庵治産地に遊びにきてくださいねー!連絡いただければ案内させていただきます。お待ちしております!
NHKさんのアーカイブは19日まで視聴可能です。
https://www.web.nhk/…/series-tep-JPN326654N/ep/Q69J19NYKW - 庵治石のお墓さん、荷造り完了!

出来上がったお墓さんの「荷造り」ができました。お墓さんは、こんな風に1つに組み上げて一気に運べるようにします。もうちょっとでお届けです。心入れて作らせていただいたお墓さん。どうかお届けした先のみなさんに喜んでいただけますように…。今日もボチボチ修行がんばります。
The finished tombstones are now “NIZUKURI.” The tombstones are assembled into a single unit like this so they can be transported all at once. They’ll be delivered soon. These tombstones were made with great care. I hope that everyone who receives them will be pleased with them… I’ll continue my “SYUGYOU” little by little today.
- 「庵治石TV!」更新!大丁場で、NHK「小さな旅」のこと話してみました!

4月12日(日)が近づいてきたので、8年目のスタートのご挨拶とNHK「小さな旅」のことについて、Youtubeでちょっと思いを話してみました!「小さな旅」がたくさんの方に見ていただけて、庵治石の魅力、庵治産地の魅力がたくさんの方に伝わることを願っています。よかったらのぞいてください。今日もボチボチ修行がんばります。
https://youtu.be/IMZM4JBe-RIWith Sunday, April 12th approaching, I’ve made a short YouTube video to share my thoughts on the NHK program “Small Journeys” and to announce the start of my 8th year! I hope that many people will watch “Small Journeys” and that the charm of Aji stone and the Aji production area will be conveyed to many people. Please take a look if you’d like. I’ll continue my ”SHUGYO” little by little today.
- 庵治石はキズとの戦い。

一面を挽いた後、ひとっさんがキズを入念に確認して墨を引いてくれました。今ある原石から何を採るのか…ってこと、考えて考えて大切に今ある石を最大限に活かしてやっていくこと、しっかり学びたいと思います。今日もボチボチ修行がんばります。
4月12日(日)は、NHK「小さな旅」にちょっとだけ出演します。ぜひご覧ください!
- 庵治産地も桜が満開です!

庵治産地の桜が満開を迎えていて、どこに行ってもキレイな景色に出会えます。うちの隣の公園の桜もほぼ満開で最高です。毎年のごとく、勝手ライトアップしてみました。めちゃくちゃきれいです。しばらく産地の桜を楽しみたいです。今日もボチボチ修行がんばります。
- NHK「小さな旅」に出演!12日(日)放送です!

NHK「小さな旅」の地上波での放送予定が確定しました!来週日曜日のNHK総合テレビで朝8時からの放送です。チェックよろしくお願いします!
「庵治石」をテーマに、庵治産地の様子、大丁場の風景、チャレンジする職人の太田眞介さん、庵治石ガラスの杉山利恵さんが出演されます。そしてボクも、藤井彩子アナウンサーが庵治産地で最初に出会った職人として出演します。ほんの数分ですが「庵治石」の説明をさせていただいております。
素敵な庵治石、庵治産地のことが、たくさんの方に伝わるといいな…と思っております。どうかたくさんの方に観ていただけますように…! - 「死の講義 二十歳の死生観」の著者である鵜飼秀徳さんとのYoutubeライブ!

昨日の夜、「死の講義 二十歳の死生観」の著者である鵜飼秀徳さんとのYoutubeライブが実現しました。最後に映像と音声がカタカタとなってしまいましたが、ものすごく興味深い話が聞けた1時間でした。若い世代のみなさんのすばらしい文章が綴られた経緯について教えてもらいました。ずっと話してたい…って思えるくらいでした。アーカイブが見れます。以下のURLからぜひご覧ください。今日もボチボチがんばります。
https://www.youtube.com/live/w1MqoMA6_WI - 石屋生活8年目がスタート!

早いもので、石屋になって8年目がスタートしております。毎年恒例の記念撮影。親方のひとっさんも元気です。本当に素晴らしい仕事に出会えたこと、心から感謝しております。やれることやり続けることしかできませんが、いいお墓さんをお届けできるように、今年も精一杯頑張りたいと思います。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
今日の夜21時から「京都正覚寺の鵜飼秀徳さんと『死の講義 二十歳の死生観』について語る!」というテーマでYoutubeライブやります。ぜひお集まりくださいー。
https://youtube.com/live/w1MqoMA6_WI?feature=share
今日もボチボチ修行がんばります。 - 石割り場の風景。

大丁場の石割り場に行くと、いつものように石を割ってくださっているところでした。大きな石に墨を引いたり、割ったりする風景には、いつも感動させられます。置いてある道具たちもなんかかっこいいです。山から頂いた石、大切にお墓さんを作っていきたいと思います。今日もボチボチ修行がんばります。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- 赤屋島。

朝イチに久々にキレイな「赤屋島」を見ることができました。八栗さんの方から昇ってくる朝日が屋島に当たって、数分で屋島全体が赤く染まっていきます。圧巻の風景でした。今日もボチボチ修行がんばります。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- 鵜飼秀徳さんとYoutubeライブで対談やります!
京都正覚寺のご住職・鵜飼秀徳さんが発刊された「死の講義 二十歳の死生観」という本に感動して、鵜飼さんとやりとりをさせていただいていたところ、Youtubeライブをお願いしたら快く引き受けてくださいました!

https://youtube.com/live/w1MqoMA6_WI
めちゃくちゃ楽しみです!ぜひみなさん、お集まりください!
- 「ご先祖さま」を大切にすることへの若い世代の方の想像以上の反応について。
石屋になって7年が終わろうとしています。石屋になる前は、小学校教諭だったこともあって、石屋になってすぐは、「こんな時に石屋なんて…。」、「小学校の教師をしてる方が安定してるのに、なんで?」という声をたくさんいただきました。
「絶対に石屋としてがんばる!」という心意気で始めたものの、石屋になって約1年後、大きく世界を揺るがすコロナ禍がやってきてしまいました。想像もしない出来事が起こってしまったことで、供養の形が大きく変わってしまって、「お墓さん」に関わる業界も大きく形が変わってしまいました。
「墓じまい」とか「墓ばなれ」という言葉に表されるように、お墓の需要は大きく下がってしまい、「もう『お墓』以外のものを…。」という声も聞こえてきます。
そんな声の中、リスペクトする先輩から「『お墓参り』にいってみるといい。行けばわかるから…」というアドバイスをいただき、それから毎日「お参り」に行くようになりました。毎朝の「お参り」は、これで6年ちょっとになります。そして、息子がついてくるようになって2年半ほどになります。
そこで分かってきたのは、「『お参り』には、ものすごくパワーのある!」ってことです。特に、息子の姿を見ていて、「『お参り』は、子どもたちにとって最高のサポーターになる!」ということを確信しています。そして、大人である自分自身にとっても、その良さは多すぎて書き上げ切れないですが、ものすごくたくさんのすばらしいことをもたらしてくれています。
現状は簡素化の方向へ…実際に、離れてしまっている方々がたくさんいる事実。
自分自身はそう感じているんですが、やはり実際は、供養に関わること…例えば、葬儀だったり、お墓さんのことだったりも、コロナ禍以降、ものすごいスピードで簡素化の方向に向かっていることを感じています。
そして、核家族化などの社会の変化の中で、「お参り」から離れてしまっている方々もたくさんいて、実際に話している方からも「『お墓参り』には全くいっていないです。」、「普段の生活の中で手を合わせることはないですね…。」という声も聞こえてきます。
自分自身が「お墓さん」を作る仕事に命がけで飛び込んだので、あまり言いたくないのですが…思い切って言います。昔から続いてきたこれまでの形は、もうかなり厳しい状況を迎えてしまっている…ということなのかも知れないなと感じています。
ボクが感じる良さを伝えると若い世代からも反応が…!
もう終わってしまうもの…のような空気を感じる一方で、自分自身がやっていると「お参り」のものすごいパワーを感じています。それはもう確信に近いものです。ものすごいパワーのあることだ!と思うのに、だんだんとなくなってしまってる…という現実に、うまく説明できないけれど、大きなギャップがあることを感じています。
そして、もう1つ不思議なことがあります。それは、この「お参り」の良さを周りの方に伝えていると、ものすごくいい反応が多いということ。中には、これまで「お参り」から離れてしまっていて「お墓さん」にもほとんど「お参り」をしていない…という方も、家で手を合わせる時間を作ったり、子どもさんと一緒におばあちゃんの写真に手を合わせるようになったりする方も現れ始めているくらいです。
社会全体としては、「お墓さん」や「お参り」から離れている…という流れを感じる一方で、自分自身にも子どもたちにもすごい効果があったり、実際に動き出す方がいたりする…ってことを感じています。そして、かなりの確率で、若い世代の方からの反応があります。むしろ若い世代の方が反応がいいといっていいと思うし、完全にお参りから離れている…という方も、興味を持ってくださることが多くあります。ちょっと不思議だとさえ感じています。
もしかしたら、これは、これまでは当たり前すぎて、言葉になっていなかったことで、その価値を捉えられずに手放してしまっていただけで、価値を確認して捉え直すことが必要なのかも知れないな…と思っています。
その良さを思いっきり語ることで、言葉にすることで、共感してくださる方は若い世代であってもたくさんたくさんいるということ。心から感じています。もし、その共感が広がっていけば、「ご先祖さま」はじめ亡くなってしまった方との温かいつながりが広がっていくかも知れないな…と思っています。
これからもできるだけ言葉にして、できるだけ伝えていくことで、本当に大切なことは何なのか…ってことをしっかりと考えていきたいと思っています。庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
このテーマで記事を書いていたら、すごい本に出会いました!感動して著者の鵜飼さんとやり取りをしていたら、なんと急遽Youtubeで対談していただけることになりました!学生たちがどうやってこの文章を書いたのか、アンケートから見えたことなど、聞きたいことが溢れていて、ものすごく楽しみです!公式Youtubeチャンネル「庵治石TV!」で、4月4日21時〜やります!ぜひみなさんリアルタイムで聞きたいこと聞きまくってくださいねー!楽しみです! - 「家系図」を作ったことがボクにもたらした感覚のこと。
うちの家は、昔から「うちの先祖のことは、おじいちゃんまでしか分からない。」ということが当たり前だと思ってずっと過ごしてきました。そして、ボクのおじいちゃんは、亡くなってしまう最期の最期まで、うちの家系のことや「ご先祖さま」のことについて、全く何も語ることはありませんでした。
その結果、ボクらは、おじいちゃん以前の「ご先祖さま」のことは全く知らないまま、ずっと過ごしてきたし、そんなものかな…って感じで、特に深く考えることもありませんでした。
だけど、去年のお盆に、仏壇にある位牌を掃除していて、全く知らない「ご先祖さま」のお名前があることに気づきました。石屋になってから、リスペクトする先輩に「いつか家系図を作ったほうがいい。」と勧められていたこともあって、そのタイミングで家系図を作ってみることにしました。「家系図」を作ったからこそ見えてきたこと。
「家系図」を作ってみて分かったことは、「家系図」を作ることは、煩雑で難しいこと…といったイメージが完全に間違っていた…ということでした。令和6年3月の戸籍法の改正で「広域交付制度」というのができていて、住んでいる市町村や勤務先の最寄りの役場や役所にいくと、1か所の市区町村の窓口でまとめて戸籍を取り寄せることができるようになったので、一気に明治初期くらいまでの戸籍を取り寄せられました。つまり、シンプルにいうと”ものすごく簡単だった”ということです。
役所の方が、戸籍を取り寄せるためのメモを作ってくださっていたので、そのまま「家系図」を作ることができました。すると、驚くほど鮮明に、「ご先祖さま」との関係が見えてきたし、なぜおじいちゃんが語らなかったのか…ってことがありありと見えてきて涙が出ました。「うちの先祖のことは、おじいちゃんまでしか分からない。」
ということが当たり前だと思ってずっと過ごしてきたのですが、それは、事情があって「おじいちゃんが語らなかった…」と思い込んでいたのですが、「家系図」を作ってみて分かったのは、「おじいちゃん自身が『ご先祖さま』のことを知ることができなかった…」ということでした。
「家系図」を作ったことで初めて得た感覚。
「家系図」を作ってから、約半年が過ぎました。作ってすぐには分からなかったのですが、明らかに前とは違った気持ちになっていることを感じています。これまでは分からなかった、おじいちゃんより以前の「ご先祖さま」が確かにそこにおられたこと、ご位牌に刻まれているお名前、お墓さんの霊標に刻まれているお名前が、どんな繋がりの方なのかが分かるようになりました。それが分かるようになって、確かに感じるようになったのは「地面に足がついた感」があるということです。それはもうかなりハッキリと感じています。そして、この感触を感じるようになってはじめて、それまでのことが表現できるようになったのですが、それまでは「宙に浮いたような感覚」だった感じだったんだ…と最近感じています。
この感覚は、別のことを調べている時に「グラウンディング」という言葉で語られていることを知りました。まさに、ボクが感じた感覚と同じような「地に足がついた感」が、ストレスや不安を和らげる…ということが知られているんです。もしかしたら、ボクは「家系図」をまとめたことで、この「グラウンディング」と同じような感覚を得たのかも…って思っています。
今、核家族化が進んで、家族の形態が変わってきたことで、「死」との距離が離れてしまっていることや、「お参り」の習慣が薄れてしまっていることなどから、ボクと同じように気づかないまま「宙に浮いたような感覚」になってしまっている人もいるかも知れないな…と思っています。
「手を合わせる」習慣を持つこと、「家系図」をまとめて先祖のことを知ること、自分のルーツを確かめたりすることは、もちろん「ご先祖さま」のご供養になるんだと思いますが、それ以上に、不安定な自分に気づいたり、不安を和らげたりする…ってこと、自分自身が体験して感じています。みなさんも、ぜひ「家系図」にチャレンジされてみてはいかがでしょうか?
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- 息子の卒業式に思う…「お参り」の習慣が彼にもたらしたこと。
今日は長男の卒業式でした。卒業証書を手にして、凛としていた息子の姿を見ていると、涙が止まりませんでした。6年間の思い返すと、4年生の秋からスタートした「朝の『お参り』」のことが思い出されます。
バスケットをがんばっていたある日、腰の痛みを訴えて受診すると、診断は「疲労骨折」。スポーツ禁止を言い渡されてしまいました。あまりの事実に号泣…。そして、家族全員がどん底…って時にボソッと一言。
「おとうと一緒に『お参り』に行く。」
ボクが毎日続けていた朝の「お参り」についてくる…と言ったのでした。その日から、毎日の「お参り」を続けました。怪我が治ってからも、今で約2年半。彼は、毎日の「お参り」をやり切って、小学校を卒業しました。
息子が手を合わせる姿から学んだ「お参り」のすごさ。
真摯に手を合わせる息子の姿から、ボクはたくさんのことを学ばせてもらいました。息子の姿を見てきて、今はっきり言えることは「『お参り』は子どもにとって最強のサポーター!」だということ。息子の横で考えたことがつながって、とことん「お参り」について学んでいますが、さらにその思いが強くなっています。「お参り」にいき始めた当初、おそらく息子は「ご先祖さま」にずっと「ケガが治してください。よろしくお願いします…。」とお願いを続けていたんだと思います。そして、その思いを「ご先祖さま」はそのまま受け止めてくれて、毎日毎日彼の願いを聞き続けてくれたのでした。
その姿を見ていて、教師をしていた時に学んだ「カウンセリングマインド」の話が重なりました。「カウンセリングマインド」のキーワードは3つ。「受容」・「傾聴」・「共感」です。まさにそのままを、毎日の「お参り」で「ご先祖さま」がやってくださってたんだと思っています。
そして、ケガが治った日に、彼は「『ご先祖さま』にお礼に行く。」と言って、真っ先に「お参り」に行ったのでした。彼の心の中に、確かに「ご先祖さま」という存在がいて、彼をとことん応援してくれて、とことん支えてくれているんだ…ってことを感じています。
この前、NHKさんの「小さな旅」(4月中旬放送予定)で「お墓参り」の撮影をしてもらった時も、ディレクターさんからのインタビューに「支えてもらっています。」とハッキリ答えていました。残念ながら、「お参り」のシーンは全てカットされてしまいましたが…。
「お参り」の良さについて話すと、たくさんの反応が…!
そして、この息子が「お参り」をする姿から考えたことや思ったことについて話してみると、思った以上に反応があることが分かってきました。特に、若い世代のみなさんに話した時の反応は想像を遥かに超えています。すごいんです。若い世代は「お参り」からは離れている…という話を聞くことがありますが、そんなことはないと思います。むしろ、息子の「お参り」の話は、若い世代の方こそ思いっきりちゃんと聞いてくれるし、若い世代の方が真剣に考えているかも…と感じることさえあります。
中には、ボクの話がキッカケで、家で手を合わせるようになった方や、お子さんと「お参り」を始める方もいます。「お墓離れ」が進んでいる…という流れと反対のなので、若い世代の皆さんの反応にはちょっとびっくりしています。
反応がいいこともあって、論文や書籍でこのことを調べていると、世界的にも、こういった動きが進んでいることが分かってきました。祖先のことを思ったり、ルーツを調べたり…といったことが大切にされる…ってことが増えていきているみたいで、もしかしたらこれからこういったことが大切にされる流れがやってくるのかもしれないな…ってことも感じています。しっかり学んで、またみなさんにシェアしたいと思います。
卒業式の日に…改めて「ご先祖さま」に感謝!
卒業式の朝も、息子と一緒に「お参り」に行きました。手を合わせている息子の姿を見ていると、これまで2年半ほどの毎日の「お参り」で、たくさんのことを「ご先祖さま」と話してきたんだろうな…って思いました。ケガをしてしまった時などしんどいこともあっただろうし、大きな大会を前に緊張したこともあっただろうし、うれしいことも、悲しいことも、「ご先祖さま」と話してきたんだろうな…と思いました。そして、そんな彼を見ていると、これまで「ご先祖さま」は、ずっと彼を応援してくださっていて、支えてくださっていたんだろうな…と改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。もしかしたら、中学校になると、なかなか今までみたいには「お参り」に行けなくなるかも…だけど、これからもずっと見守ってもらえたらいいな…と思いました。
卒業式で凛としてがんばっていた息子の姿を見ていると、涙があふれて、胸がいっぱいになりました。そして、見守ってくださってる「ご先祖さま」にも改めて感謝の気持ちで胸がいっぱいになり、涙があふれてしまいそうになりました。本当にありがたいです。
今日から、春の「お彼岸」が始まりました。「お彼岸」は、「ご先祖さま」や亡くなった方に最も心が届く時…。この「お彼岸」の間に、改めて息子を連れて「お参り」に行きたいな…と思っています。そして、心から「ご先祖さま」に感謝を伝えたいと思います。
庵治石細目「松原等石材店」 3代目・森重裕二
- 小学校の時に、おじいちゃんと戦争の話を聞かせてもらった話。
石屋になって7年になります。縁あって、リスペクトする先輩に勧められたことをキッカケに、毎朝「お参り」するようになりました。石屋になってしばらくしてから始めたので、もうかれこれ6年になります。途中から、4年生だった長男がついてくるようになって、2年ちょっと。長男も6年生にになり、4年生の次男もついてくるようになりました。
子どもたちの様子を見ていると「『お参り』は子どもにとって最強のサポーター!」だということを本気で思っていて、いろんな方に伝えるようになっています。そんな中、これまでの研究について調べている中で、ご先祖さまのことを意識できることや、家族がどんな人生を送ってきかを知っていることが、子どもたちの育ちにいい影響があるらしい…という話と出会いました。
「お参り」をしていると、息子のひいじいちゃんやひいばあちゃんの話になることがちょくちょくあるので、それもまたいいんだろうな…と思っていると、ふと自分自身が、おじいちゃんから戦争を話を聞いた時のことを思い出しました。
夏休みの宿題でおじいちゃんに「戦争」についてインタビュー。
ちょうど息子と同じ6年生の時、長崎のおじいちゃんの家に1人で行っていた暑い夏の夜のことでした。おじいちゃんと2人、ちゃぶ台で話をしていました。「戦争のことを教えて。」って伝えると、いつもは満面の笑顔のおじいちゃんが、ちょっとうつむいてしまいました。そして、おもむろに話し始めてくれました。戦争はしたらいけんこと。悲しかこと。
そういって、しばらくだまってしまいました。そして、たくさんの仲間が亡くなってしまったこと、自分が生き残ったことについて、涙ながらに話してくれました。小学校6年生だったボクは、いつもと違うおじいちゃんの様子に戸惑いつつ、真摯に話してくれるおじいちゃんのことを一生懸命に受け止めようとしていたことを思い出します。おじいちゃんは、戦争の厳しい現実について、さらに語ってくれました。敵の兵士が銃を持って迫ってきた時のことも、おじいちゃんの気持ちや仕方がなかった…と言いながら、その後のことも話してくれました。おじいちゃんの涙、表情を見せてもらったことで、戦争の現実を教えてもらえた時間でした。今、この年になっても、この日の夜のことをありありと覚えています。
おじいちゃんの話について、今だから思うこと。
もしかしたら、この話をインタビューすることは、小学生には酷な話…と感じるかも知れませんが、これだけのことを語ってくれたおじいちゃんにその当時も感謝していたし、今思い出すとさらに感謝の気持ちが湧いてきます。そんな大変な状況を乗り越えて、そこにいてくれるやさしいおじいちゃんのことを心から大切に思ったことを思い出します。実はその時に、おばあちゃんにもインタビューをしました。おばあちゃんは、長崎の原爆の被爆者で、原爆が落ちた時の様子や下から見たキノコ雲は、なすびみたいな形をしていた…って話をしてくれたことが頭に残っています。
あの夏に、おじいちゃんとおばあちゃんから聞いた戦争の話は、どんな資料よりも鮮明に頭に残っているし、その後のボク自身の人生に大きな影響を与えていたことは間違いありません。今になって、あの宿題を出してくれた当時の担任の先生に感謝の気持ちでいっぱいになっています。あの宿題がなかったら、あの時間はなかったから…。
当時のボクと今の息子を比べてみる。
この話を思い出しながら、当時のボクと長男が同じ歳だということに気づきました。息子は今、ボクがおじいちゃんから聞いたような戦争の話を聞かせてもらう機会はないだろうし、もしかしたら、そんな雰囲気さえ感じることができないかもしれません。そう考えると、今の息子たちが、おじいちゃんやおばあちゃんから、いろんな話を聞いてほしいな…って思います。ボクにとっては、戦争の話がものすごく印象的だけれど、そうじゃなくてもおじいちゃんやおばあちゃんが小さかった頃の話やどんな学生時代を過ごしたのか…ってこと。どんな風に仕事をしてきたのかってことや、息子たちが生まれてどんなことを思ったのか…ってことなど、たくさん聞いてもらいたいな…って思っています。
もう少し勉強しないといけないけど、家族がどんな人生を送ってきかを知っていることが、子どもたちの育ちにいい影響があるらしい…という話もあるので、ボクと妻の両親、つまり息子たちのおじいちゃん、おばあちゃんにはあえて昔のことを話して聞かせてあげてほしいってお願いするつもりです。
そして、日々の「お参り」に行く中で、できるだけボクの知っている今は亡きおじいちゃん、おばあちゃんのことも話して聞かせてあげたいと思います。そうやってボクが大好きだったおじいちゃんやおばあちゃんのことを、たくさん話して聞かせることで、おじいちゃんやおばあちゃんも、息子たちのことを見守ってくれるといいな…と思っています。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- おじいちゃんが大好きだった「うなぎ」の話から考える”温かいつながり”のこと。
石屋になって6年ちょっと、毎朝の「お参り」を続けています。息子もついてくるようになって、2年ちょっと。真摯に「お参り」する息子の姿を見ていると「ご先祖さま」に感謝する「お参り」を重ねて、「ご先祖さま」との繋がりを持つことは「子どもたちにとって最強のサポーターになる!」ってことを心から確信しています。
やればやるほど「間違いなくいい!」ってことが目に見えてきていますが、「お参り」のことを調べれば調べるほど科学的な根拠も見つかりつつあります。そんな「お参り」のこと、チャンスがあれば必ずその良さを伝えるようにしています。
おもしろいのは、「お参り」のこと、そして「ご先祖さま」との繋がりの話を伝えると、その話を聞いてくださった方がいろんな話を教えてくれます。特に最近驚いているのは、若い世代の方々が「ご先祖さま」との話について、熱く教えてくださる…ってことです。
特に、若い世代の方はおじいちゃんとかおばあちゃんの話をよく教えてくれます。みんな心の中に大切に思っている方がいて、その方との思い出やつながりを大切に大切に心の中に思っているんだな…ってことを感じています。
確かにボク自身も、大好きだったおじいちゃんのこと、おばあちゃんことはいつも心にあって、温かく包んでもらった思い出は、いつも心にあります。大好きだったおじいちゃんと一緒に「うなぎ」を食べる。
いつものように出会った方に「子どもたちにとって『お参り』は最強のサポーター!」ってことを伝えていると、ある方が最近亡くなってしまった大切なおじいちゃんのことについて教えてくれました。その亡くなってしまったおじいちゃんは「うなぎ」が大好きだったそうです。その亡くなったおじいちゃんの話をしていると、家族みんなでまた「うなぎ」が食べたいね…って話になったそうで、みんなでおじいちゃんの大好きだった「うなぎ」屋さんに行ったんだそうです。
その日、おじいちゃんの写真が入った写真立てを持って、おじいちゃんが大好きだった「うなぎ」屋さんに…。そして、おじいちゃんの写真立てを囲んで、みんなで「おじいちゃん、美味しいね。」って言いながら、みんなで「うなぎ」をいただいたそうです。
話を聞いているだけだったけど、本当に素敵な光景が浮かんできて、本気で泣きそうになりました。「うなぎ」を食べているみなさんの笑顔。そして、亡くなったおじいちゃん、おばあちゃんのお写真。おそらく、喜んでおられてニコニコとしておられるおじいちゃん、おばあちゃん…。本当に素敵だな…って心が温かくなりました。
大切な方が亡くなってしまうことは本当に悲しいことです。だけど、残されたボクらはその大切な方を思うことはできるし、ボクら次第でそばにいてもらうことはできる…。ボクに大切な話を教えてくださった方のように、一緒に「うなぎ」を食べに行くことだってできる…。本当にステキです。
亡くなってしまってからも”温かいつながり”が生まれる。
この「うなぎ」の話を聞かせてもらってから、亡くなってしまった方との”つながり”のことをずっと考えています。そして、18年前に亡くなってしまったボクが最もリスペクトする師匠のことを思い出しています。師匠は、18年前に本当に突然亡くなってしまいました。本当に突然亡くなってしまったので、悲しくて、悲しくて…。これまでずっと心に思ってきたけれど、ずっとずっと悲しい思いを抱えていました。そんな悲しい思いの中でも、師匠はボクに力を与え続けてきてくれたし、支え続けてきてくれました。
大切なおじいちゃんと「うなぎ」を食べに行った話を伺って、笑顔でおじいちゃんの写真を囲んでおられたことを伺って、もしかしたらボクは師匠のことを思ってずっと涙してきたけど、もしかしたらボク次第でまた師匠との新しい関係を作っていくこともできるかも知れないな…って思うことができました。
今度、師匠の写真と一緒にゆっくり焚火をしながら、師匠とビールを飲みたいな…と思っています。「うなぎ」屋さんの話を聞いてそんな風に考えられたのですが、ボクの中で今までとはちょっと違う笑顔の師匠の顔が浮かんできました。そんな師匠の笑顔を思っていたら、なんだかこれまでとはまた違う不思議な”温かさ”を感じている自分がここにいます。
大切な方が亡くなってしまうのは、本当に悲しいことだけど、残されたボクら次第で、また”温かいつながり”を作っていくことができるのかも知れないな…って感じています。そして、それを子どもたちにも話して聞かせて、みんなで大切にし合う…そんな”温かいつながり”を作っていけたら、みんなが温かい空気に包まれて、みんな幸せになっていくかも…と思っています。
いろいろ感じることがあるけど、これからも息子たちとの毎日の「お参り」を続けていきたいと思います。手を合わせることを続けながら、亡くなってしまった方との”温かいつながり”のこと、もう少し考えていきたいと思います。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- 「お参り」でお賽銭を投げていた次男が、真摯に手を合わせた朝のこと。
長男と一緒に「お参り」をするようになって2年半ほど。真摯に手を合わせる長男の姿を見てきて、「『お参り』は子どもにとって最強のサポーター!」だと心から思うようになりました。本当に最高の教育だと言っても過言ではないと思っています。
ことあるごとに「お参り」に行こうとする長男の姿を見ていると、全てを受け入れ、どんなことを話しても温かく聴いてくれて、とことん応援してくださる「ご先祖さま」の存在を心の中で感じ、対話をすることは、おそらく彼らを支える大きな存在になっていると思っています。
このことを周りの方に伝えると、たくさんの方が、子どもさんと一緒に手を合わせる時間を作るようになりました…っていうメッセージを届けてくださいます。そして、僕と同じような感想を送ってくださいます。「ご先祖さま」に感謝して手を合わせる…ということのパワーを日々感じさせてもらっています。
次男はずっと「お参り」に行きたくなかった…
長男が「お参り」を始めたのは、大きな怪我がキッカケでした。何もできることがない…、やれることがない…という状況の中で、「神頼み」のようなイメージでのスタートでした。だけど、続けているうちに、確実に彼にとって大切な存在になっていったんだと思います。先日、「お参り」しているところを取材された時のインタビューには「『ご先祖さま』に支えられている…」と答えていていました。それくらい、彼にとっては大きい存在なんだと思います。
一方で、次男や三男は、そこまでの大きなキッカケもなく、お父さんとお兄ちゃんが行ってるから…っていうぐらいで、そこまでやる気がありませんでした。怪我をして1週間ほど休んだことがあって、その時は家族みんなから「怪我をした時くらいは『ご先祖さま』に治るようにお願いしておいで!」って言われて、ブツブツ言いながら「お参り」についてきました。
イライラしていたのか、次男は、氏神様の前でお賽銭を思いっきり投げつけました。そんな次男を、その場で厳しく叱りました。神様の前でこんな姿を見せるものどうか…と思いましたが…。思いっきりそのままの気持ちを伝えました。次男は、その後も「お参り」に行くと、いつもなんだかイライラしていた感じがしていたし、なんだか怒っている感じがしていました。
バスケットの試合の朝の出来事から…
ある朝、朝が早かったこともあって、バスケットの試合に出発する前になかなか準備ができなかった上に態度が悪かったので、お母さんから厳しく叱られ、泣きながら試合に行った日がありました。帰ってきてからも、試合中の態度のことをお母さんから注意をされ、また泣いていました。ただ、ゆっくりとビデオを見直してみると、予想に反してものすごくがんばっていた次男の姿がありました。実は、普段の自主練もがんばっていて、だんだんと実力が上がってきている次男。この日の夜、たまたま話す時間がとれたので、次男とゆっくり話しました。
「せっかく上手くなってきているのにもったいない。周りの人のせいにしないで、やることやったり、感謝を伝えたり、自分の行動を変えることで、もめることもなくなるはず…。そうすれば、もっと上手くなれるための話ができたり、落ち着いて試合に向かえるはず…。イラッとしてもちょっと堪えたり、言葉で気持ちを伝えたりする練習をしていかないと…。」
と話すと、いつもは怒って聞いている次男が、めずらしくしっかりと聞いていました。「『お参り』に行こうとすると、朝は誰だって眠たいし、行きたくない気持ちになることもあるけど、ふんばって『お参り』に行くのは、たぶん気持ちをコントロールする練習になるはず…。ご先祖さまに感謝を伝えに行けば、間違いなく応援してくれるし、見守ってくれるから…。しっかり『お参り』できたら、絶対上手くなれるはず…。」
って伝えると、大きく頷いていました。翌日、次男ひとりでしっかり「お参り」!
翌日は、長男が体調不良で「お参り」はお休み。次男は、ちょっとウジウジしながらも「行く。」と自分で着替えました。いつもとはちょっと違う雰囲気で。そして、あれだけいつもイライラしていたのに、おだやかにいろんな話をしながら、氏神様とお墓さんでしっかりと「お参り」することができました。「お参り」が終わった後、思わず思いっ切り抱きしめて、「やったな!」って大きな声でさけんでしまいました。そして、はにかんだ笑顔の次男とグータッチ!…正直ちょっと泣きそうでした。帰りの車でも、いろんな話をしながら、やわらかく微笑んでいる次男がいい感じでした。
なんてことのない「お参り」が子どもたちの近くにあることで、子どもたちとたくさんのことを学ばせてもらえるのかも知れないな…って感じさせてもらっています。いろんなことがあるけど、たぶん「ご先祖さま」は、いい時も悪い時も、温かく子どもたちを見守ってくださっているんだと思います。
そして、子どもたちを見守ってくださっているだけでなく、子どもたちとぶつかったり、笑い合ったりして、「お参り」に連れて行っているボクのこともまとめて応援してくださっているような気がしています。ホントありがたいです。また、明日の朝の「お参り」で、改めて次男と一緒にお礼を伝えてきたいと思います。
庵治石細目「松原等石材店」3代目・森重裕二
- 「ご先祖さま」になる勇気。
ボクは、九州長崎出身の親に育てられたこともあってか、おじいちゃん、おばあちゃんだったり、お姉ちゃんだったり、師匠だったり、友人だったり…これまでに亡くなったみなさんに手を合わせることを大切に思ってきました。
おそらくそれは、小さい頃からお盆に長崎に帰省すると「精霊船」で初盆の方を送ったり、提灯が飾られたにぎやかな「お墓さん」のところで花火や爆竹をしたり…って文化の中で育ってきて、みんなが「お墓参り」とか、仏壇に手を合わせることを大切にしていたからかも…と思っています。
そして、石屋になってから、この「お参り」と向き合うようになりました。リスペクトする先輩に勧められて、毎朝の「お参り」をするようになって、その良さをさらに感じるようになっています。そして最近は、毎日のように一緒に「お参り」に行くようになった息子たちの姿を見ていて、「『お参り』は子どもたちにとって最強のサポーター!」だってことを確信しています。
真摯に手を合わせる息子たちの姿を見ていると、「ご先祖さま」は、いつも温かく見守ってくださっていて、話を全部聞いてくれて、とことん応援してくださる本当に心強い存在だ!と思っています。このことに気づいてから、知り合いの方や産地見学に来られた方に、この話をいつも伝えています。
すると、聞いてくださった方の多くが「手を合わせるようになったよ!」とか「子どもを連れて『お参り』に行くようになりました。」などの声が届いていて、とてもうれしい気持ちになっています。どうか、子どもたちが温かく育っていくことに貢献できたらいいな…と思っています。
次の世代の「ご先祖さま」はボクら
そんなことを思いながら、息子と「お参り」をしている時に、ふと「いつか自分も手を合わせてもらうようになるかも…」って思ったことがありました。今まではあまり考えたことがなかったけど、もうそんなに遠くない未来に、そんなことが起こるかもしれないな…と考えていると、これまで使ったことがない言葉が頭によぎりました。「自分も『ご先祖さま』になる。」
そう、ボクらも息子たちや、もっと先の世代から見ると「ご先祖さま」になります。自分や息子たちが、たくさんたくさんパワーをいただいている「ご先祖さま」に自分もなれるのかな…って、ちょっと不安な気持ちになったりもするけど、確かにそうなるな…って思っています。
去年のお盆から、今年のお正月にかけて、うちの両親からの戸籍を辿って「家系図」を作りました。そこには、たくさんの今まで知らなかった、ご先祖さまのお名前があって、ボクはたくさんの「ご先祖さま」とのつながりの中で生まれてきたんだな…ってことを感じています。
自分もこれからの世代の「ご先祖さま」。ボクがパワーをいただいているように、息子が温かく見守っていただいているように、これからの世代のみんなにしっかりとパワーを送れるようにがんばりたいな…と思っています。
勇気を出して、次の世代の「ご先祖さま」になることを引き受ける。
7年前に石屋になって間もなくコロナがやってきてしまって、お葬式やお墓についての考え方は大きく関わってきていることを感じています。「お墓さん」の需要も大きく変化してきていて、「お墓さん」を作る庵治産地の雰囲気は、ボクが石屋をやり始めた頃から見ても、間違いなく大きく変わってきています。
そんな中、知り合いの方と話していると「自分なんて、手を合わせてもらわなくてもいい。」とおっしゃっている場面と出会いました。詳しく聞いてみると、散骨など形を残さないようにしたい…ということでした。理由を聞いてみると、子どもたちやその先の世代に、迷惑をかけたくないから…という話でした。その話を聞いた時に、うちの息子たちが手を合わせている姿が頭をよぎりました。ボクはもちろんそうだし、おそらく息子たちも、迷惑だとは思っていません。むしろ、パワーをいただいている…って思っています。「ご先祖さま」はいつもこっちを向いて見守ってくださっている…って感じています。
ずっと考えているのですが、ボクも確かにちょっと不安だったり、そんなことをしてもらわなくても大丈夫だ…って思ったりするな…と思いました。だからと言って、もし自分が「ご先祖さま」として、そこにいなければ、次の世代の子たちが、うちの息子たちみたいにパワーをもらえることはないかもな…と感じます。
「自分なんて、手を合わせてもらわなくていい。」とおっしゃった方の言葉から、このことについて考えさせてもらったおかげで、ボクは今まで考えたことがないことを考えることができました。今の意見としては、ボクは遠慮なく「ご先祖さま」になったらいいんじゃないかな…と思っています。ちょっと勇気がいるし、もしかしたらちょっとめんどくさい…って感じるかもしれないけれど、「ご先祖さま」になることを引き受けて、次の世代とのつながっていく方を選ぶことのほうが、次の世代は幸せになるんじゃないかな…と思っています。
息子たちと「お参り」に行きながら、自分自身が「ご先祖さま」にいただいていることと、自分自身がこれからの世代の「ご先祖さま」になって何ができるのか…ってことについて、考え続けていきたいと思います。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- 「家系図」を作って、親戚と「ご先祖さま」のことを話して感じたこと。
ボクのおじいちゃんは「ご先祖さま」のこと、つまりおじいちゃん以前の代のことを全く語らずに亡くなりました。おじいちゃんが健在だったころから、3代前以前のことは分からない…ってことを両親から聞いていて、「そうなんやな…」と、特にそれ以上考えることもなく過ごしてきました。
石屋になってから、仕事柄、ご位牌に触れる機会も増えてきたこともあって、この前のお盆に仏壇の位牌をキレイに拭かせてもらいました。おじいちゃんとおばあちゃんのご位牌を拭いていると、おじいちゃんとおばあちゃんとの思い出がたくさん出てきて、ちょっと泣きそうでした。
そして、次に立派なご位牌を拭いていると、中からたくさんの方の戒名などが書いてある板が出てきました。それまで知らなかったのですが、これは「繰出位牌(回出位牌・くりだしいはい)」と呼ばれていて、ご先祖様のお位牌が増えてお仏壇に収まりきらなくなった時に、位牌を一つにまとめるための箱型の位牌でした。
あまりに、当たり前の光景だったので、ボクだけでなく、いつも家にいる両親も、親戚もその「繰出位牌」の中に「ご先祖さま」のお名前が入っていることを知らなくて、みんなが驚いていました。そして、その中のお名前を見ても、両親もそのみなさんのことが分からなかったようで、「家系図」を作る決意をしました。
「家系図」を作ることは難しいことじゃない。
やってみて分かったことですが、「家系図」を作るって、とても大変なこと…ってイメージをお持ちの方もおられると思いますが、実はそんなことはありませんでした。市役所に行って、窓口で「家系図を作りたいのですが…」と相談しただけで、必要な書類を取り寄せていただけたのです。
調べてみると、実はちょっと前までは、家系図を作る時に必要な「 戸籍謄本」や「除籍謄本」については、その戸籍がある市役所や役場に直接申請する必要があったそうです。つまり、「ご先祖さま」がいろんな地域におられたら、それぞれのところに申請する必要があった…ということ。ですが、令和6年3月1日の戸籍法改正で、本人、配偶者、直系尊属(父母・祖父母など)、直系卑属(子・孫など)の分であれば、市役所で取り寄せることが可能になったそうです。
そして、取り寄せた「戸籍」から、それぞれのつながりを読み解いていけば「家系図」を作ることができます。ボクの場合、市役所の方が取り寄せる時のメモを作ってくださっていて、それもいただけたので、本当にすぐに「家系図」を作ることができました。
「家系図」を作ることで見えてきた「ご先祖さま」のストーリー
自分が作った「家系図」には、「ご先祖さま」のお名前、生年月日、死亡年月日を記入して見ました。すると、それぞれの方の関係がありありと見えてきました。特に、何も語らずに亡くなってしまったおじいちゃんのストーリーが驚くほど鮮明に見えてきました。
おじいちゃんの人生に涙が溢れてきたし、何も語らなかったおじいちゃんのことを何だか全く違った形で理解することができて、改めて感謝の気持ちが溢れてきました。他にも「ご先祖さま」の存在を知ることができて、何だか自分自身のことについても改めて考えることができました。
そして、この年末に帰省し、改めて「繰出位牌」を見てみると、すべての方がどういう方かということが説明できるようになっていました。何だか胸がいっぱいになっていました。そして、新年になって「お墓参り」に行くと、また新たな感覚がありました。
小さい頃から「お参り」に行くたびに、霊標に刻まれている全く知らないお名前を見て「この名前って誰だっけ?」ってぼんやり思っていたけれど、全ての方がどんな関係の方なのかを説明できるようになっていました。今回の「家系図」を作ったことで、自分の「ご先祖さま」の存在を、改めて認識することができました。
おじいちゃんのストーリーを親戚に語ったことで感じたこと。
親戚のみんなも、ボクと同じように、おじいちゃんが多くを語らなかったことだったり、ぼんやりとそれ以前のことは分からない…と思い込んでいたりで、特に深く調べたり、話したりはして来なかったそうです。「繰出位牌」についても、あることさえ気にもしていなかった…とのこと。みんな、ボクと同じでした。
そんな親戚のみんなに、作った「家系図」を見ながら、ボクが調べて分かったおじいちゃんのストーリーを語ってみました。みんな興味津々で聞いてくれました。なぜ、おじいちゃんが多くを語らなかったのか…、おじいちゃんはどういう人生を送ったのか…ってことが分かったことで、ボクがストーリーを語らせてもらった後、みんなで改めておじいちゃんのことについて話しました。
そして、しばらく「家系図」を見ながら、ボクらの知っているおじいちゃん、おばあちゃんのもっと上の「ご先祖さま」のお名前を見ながら、しばらく話し込んでいました。おじいちゃんのことを改めて考えることができたし、当時のみなさんのことに思いを馳せることができて、それをみんなで共有することができて、なんかとってもいい時間でした。
今回、みんなで「家系図」を囲んで話をしてみたことで、それぞれの方が知っている情報が少しずつ集まってきたり、これからお寺さんに聞きに行ってみようか…って話になったりして、またさらに話すきっかけになりそうな感じです。また、これからのお盆とお正月の帰省が楽しみになりました。
もしかしたら、「ご先祖さま」のことを知らなくても、特に問題なく生きていくことはできるかも知れません。でも、「家系図」を作ってみて分かったことは「ご先祖さま」のことを深く知ることができる…ってこと。そして、それは、改めて自分自身を見つめ直すきっかけになる…ってことを感じています。
今年も毎朝の「お参り」を続けていくつもりです。そして、今回改めて知った「ご先祖さま」のみなさま、そして特に大好きなおじいちゃんに感謝を伝えたいと思います。そして、一緒に「お参り」に行くうちの子たちにも、「ご先祖さま」のことを語っていきたいと思います。庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- 息子が引いた「おみくじ」が教えてくれたこと。
我が家では、お盆とお正月は、決まって九州の長崎雲仙に帰省しています。今年も、毎年のことながら、いつものように家族で初詣に行きました。我が家の初詣は、年越しをする帰省先の長崎雲仙の「諏訪神社」、そして帰り道にある「橘神社」、そして香川に帰ってきてから地元の「八栗さん」と3ヶ所に「お参り」します。
そして、初詣に行くと必ず「おみくじ」を引くことにしていて、ボクはいつも、その「おみくじ」に書いてあることを大切にしてきました。これまでからずっと「おみくじ」は必ず、今必要なことを教えてくださる…と信じています。今年は、厳しいことで有名な「八栗さん」でも「大吉」。3ヶ所とも「心を平和にして、他の人のために尽くして辛抱すれば、必ずいい風が吹く…」といったことが書いてあって背中を押された感じがしています。これから、いい1年になるようにがんばりたいと思います。
息子が引いた「おみくじ」にあった言葉
年長の三男は、まだ「おみくじ」の内容が分からないので、いつも一緒に読むことにしています。ボクの「おみくじ」に共通したことが書いてあったように、三男の「おみくじ」にも驚くことに同じような内容が書いてありました。それは「他人にやさしくすること、心正しくいないと良くない。」ってことでした。特に、橘神社の子どもみくじでは「心優しくしていないと、災いが起こる。」といった内容で、普段から三男に言い続けていることだったので、「もしかしたら神様は見ているのかも…」って話になって、その直後から「ちゃんとする。」とちょっとビビって頑張っています。
そんなちょっとビビっていた息子に、「神様は見てるから、ちゃんとしないと…。」って話をしていると、次男がちょっと「神様は全部見てるから、かしこくしとかないとあかんねんで。」と話していました。そして、いつも「お参り」に行ってる長男が「そやで。だから『お参り』に行かないと…やで。」と話しているのを見ていて、ふと気がついたことがありました。「神様」と「ご先祖さま」という2つの存在の違い。
長男と「お参り」に行っていて、いつも思っているのは「子どもにとって『ご先祖さま』は最強のサポーター!」ってこと。どんなことがあっても、ずっとそばで見守ってくれていて、応援をしてくださっている…って思っています。
だけど、「おみくじ」を引いた息子は、おそらく「『神様』から見られていて、ちゃんとしないといけないことを厳しく指摘されている…」って感じだと思います。この感じは、いつも「お参り」をしていて「ご先祖さま」のことを考えている時には感じないことです。「ご先祖さま」は、どちらかというと「厳しい」という感じはしません。だけど、「神様」は、ちゃんと見てくださっていて、厳しいことも教えてくださる…って感じです。この違いが本当におもしろいな…と思いました。ちょっとビビっていた三男に「神様はちゃんとしていないことを全部お見通しなんやで。がんばらないとね。」って話してみると、大きく頷いていました。そして、「『ご先祖さま』は、ちゃんと見ていてくれて、応援してくれるから、ちゃんと助けてもらえるように『お参り』に行こうな。」というと、また大きく頷いていました。
心の中に自分を見守ってくれる2つの存在を持つことのパワー。
息子の姿を見ながら、この「神様」と「ご先祖さま」という2つの子どもたちを見守ってくださる存在について考えました。「神様」は、全てを見通してくれて、厳しくも正しい道を教えてくださる存在。そして、「ご先祖さま」は、全てを受け入れてくれて、ずっとそばで温かく見守って応援してくださっている存在。もしかしたら、このずっとそばで自分自身を見守ってくださる、厳しい「神様」と温かい「ご先祖さま」という2つの存在を心の中に持っておくことで、子どもたちはちゃんと育っていくのかもな…って思いました。おそらく、子どもたちだけでなく、ボクら大人もこの2つの存在を心に持っておくことで、しっかりと生きていけるのかもしれないな…と思います。
息子たちとの「お参り」から、本当にいろんなことを教えてもらっています。今年の初詣の「おみくじ」から教えてもらったことも大切にしながら、今年もしっかりと息子たちとの「お参り」を続けていきたいと思います。新しい年になりました。改めて、あけましておめでとうございます。今年も「庵治石」のこと、「庵治産地」のこと、「お参り」のこと、そして「グリーフケア」のことを出来る限り発信していきます。お時間あれば、ぜひ庵治産地にも遊びに来てくださいね。今年もどうぞよろしくお願いします。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- 「お参り」を続けることでもたらされる優しさのこと。
石屋になってから、リスペクトする先輩に勧められて、毎朝「お参り」に行くようになって約6年になります。この毎朝の「お参り」の時間は、本当に自分にとって大切な時間になっています。
そして、長男が毎朝ついてくるようになって、2年が過ぎました。最近は、次男もついてくるようになりました。息子たちがついてくるようになったことで、さらにボクにとっては「お参り」が本当に大切な時間になっています。怪我がキッカケで始まった息子との「朝参り」
長男が「お参り」についてくるようになったキッカケは、2年前の夏に腰に大きな怪我をしてしまったことでした。疲労骨折という診断で、3ヶ月の安静を余儀なくされました。その時は、それほど重大に思っていなくて3ヶ月経ったら治る…って楽観的に思っていました。しかしながら、3ヶ月後の診察で、うちの家族はどん底に突き落とされました。十分に治っていなくて、そこからさらに3ヶ月の安静を言い渡されてしまったのでした。号泣する息子、そして妻…。弟たち2人も含めて、全員で本当に落ち込みました。
その彼が、涙を拭って「おとうの『お参り』についていく。」と言い出しました。そう言った翌朝から、本当に毎朝ついてくるようになって、ボクも驚かされるほど、本当に熱心に「お参り」をするようになりました。
おそらく彼は、手を合わせながら「治りますように、どうか治してください」とお祈りしていたのだと思います。毎日毎日、本当に真摯に、熱心に「お参り」を続けました。すると3ヶ月後に病院に行くと、無事に先生から運動してもOKという診断をいただきました。その知らせに本当にホッとしたし、家族みんなで涙を流して喜びました。そして、そうやって喜んでいた後に、すぐに彼は「お礼を言いに行く。」と言い出しました。
いつもお参りに行っているお墓さんと神社にお礼をしに行く…と言うんです。おそらく、彼はお墓さんの「ご先祖さま」や、神社の「神様」と対話を続けてきて、力をいただいた…って感じてるんだろうなと思いました。感謝の「お参り」に行って真摯に手を合わせている彼を見ていると、「お参り」は「最強のサポーター」になる!と心から感じました。たぶん、カウンセラーとか、メンターのような…本当にすごい力がある!って感じています。この「ご先祖様」とのことについて、「お参り」を続けていた息子を見ていて感じたことがいくつかあります。それは、「ご先祖さま」は、話したことを絶対的に応援してくれる存在なのだということ。そして、「ご先祖さま」は絶対に否定しないということです。おそらく、息子はお願いを全部聞いてもらっていただろうし、応援してもらっていたはずです。全てを受け入れてもらっていた…と感じていると思います。
そして、この「ご先祖さま」との関係は、息子が手を合わせることでスタートできること。手を合わせなければその世界はありません。これもすごいな…と思ったことです。手を合わせることで「ご先祖様」との世界が生まれ、その中で対話を続け、心の中に「最強のサポーター」がいてくれる状態になるということ。なんか、手を合わせる…って、本当にすごいことだと思います。「お参り」が「Self-Compassion」を高める!
これまで、こんな息子のことをうまく説明できずにいたのですが、最近になって「Compassion(コンパッション)」という言葉に出会いました。いろいろと調べている中で、「お墓参り」についての研究で「Compassion」という言葉が紹介されていたのでした。「Compassion」という言葉を調べてみると、「コンパッション」
他者の苦しみを深く理解し、その苦しみが取り除かれるよう、寄り添い、助けたいと願う純粋な思いを指し、日本
語では「思いやり」「慈悲」と訳されます。単なる同情(sympathy)や共感(empathy)を超え、実際に行動を伴う積極的な気持ちで、自分自身や相手の苦悩をありのままに受け入れ、支えようとする「共にいる力」です。
と書かれていました。この説明、もしかしたらそのまま「ご先祖さま」がうちの息子にしてくださったことかも!って思いました。そして、さらに調べていると「Self-Compassion」という言葉と出会いました。意味を調べてみると「大切な友人に接するように、自分自身にも優しく、ありのままを受け入れること。」という説明が出てきます。これもまさに「お参り」を続けることでもたらされることそのものかもしれない!と思いました。
息子を見ていて思うのは「ご先祖様が温かく自分を見てくれている」という視点を手に入れているだろうな…ということです。手を合わせて対話する中で、「ご先祖さま」がとことん優しく見てくれる視点を受け取ることで、自分自身の中にも、自分自身を優しく温かく見る視点を持つのかもしれないな…と思っています。お正月はぜひ子どもたちと「お参り」に!
もうすぐお正月。よかったら、お子さんたちと一緒に、ぜひお参りしてみてください。「ご先祖さま」が「子どもさんを優しく温かく見守ってくださる視点」をいただくことで、お子さんの中に「自分自身を優しくみる視点」が育つ…と思います。「ご先祖さま」がそうやって見てくれている…ってことをお子さんにも伝えていただければ…と思います。手を合わせて、その存在を意識して、その温かさや優しさを受け取ることで、お子さんはそれをさらに感じることと思います。
「お参り」を続けていけば、間違いなくお子さんは変化していきます。ご自身もやってみれば、同じように変化すると思います。きっと良い方向に向かっていくでしょう。 お正月、初詣だけでなく、ぜひお墓参りにも行ってみてください。お墓が遠くてなかなか行けないという方は、ご先祖様に「ありがとう」と心の中で言うだけでも構いません。お子さんと一緒に「ありがとう」を伝える時間を作っていただけたらなと思います。庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- 「お参り」を続けてきたことで、ボクの中で起こってきた変化のこと。
石屋になってから、毎日の「お参り」を続けているのですが、そのきっかけとなったは、毎日の「お参り」を続けておられたリスペクトする先輩と出会って「『お参り』をすれば幸せになる。」という言葉を教えていただいたことでした。まずやってみる…ってことから始めて、かれこれ6年ちょっとになります。
「お参り」に行き始めた頃、手を合わせていると、石屋になって間もなくてなんだか不安な気持ちでいっぱいになっている自分がそこにいることに気づいたり、どんなことを心の中で思えばいいのかが分からなかったりしていたことをよく覚えています。寒い時期だと、朝イチはまだ真っ暗なんで、不安な気持ちと相まって、今とは全く違うちょっと暗い、ちょっとネガティブな気持ちで「お参り」をしていました。そんな時、また別のリスペクトする先輩と話していると、「大丈夫。昔から『お墓さんは”幸せの交換の場所”』って言われている。だから、手を合わせて感謝すれば『ご先祖さま』は必ず幸せを返してくれる。だから、不安にならなくてもちゃんと手を合わせて『ありがとうございます』って気持ちを伝えればOK。」ってことを教えてくださいました。
揺るぎない温かな雰囲気で教えてくださったその言葉が思いっきり心に刺さり、その後の「お参り」は余計なことを考えずにただただ「感謝」を伝える時間として「お参り」をするようになりました。
毎日の「お参り」は、自分の心を見つめる時間。
ただただ「感謝」をするようになると、不思議なことに、その「お参り」に行って【手を合わせる時間】にだんだんと自分自身が「何に感謝をしているのか?」ってことを見つめるようになってきました。長い時間深く考えるわけではなくて、毎日短時間の「お参り」の中でふと心に浮かぶことがあって、そのことを考える時間になっていきました。
例えば、ご先祖さまのこと、家族のこと、子どものこと、仕事のことなど、頭に浮かんできたことと向き合う…って感じです。決して、絶対しないといけないことじゃないのでふわっとしていて、頭に思い浮かんでいることを日々見ている感じなのですが、毎日の「お参り」の中で、ふと視点が変わっていく瞬間があったり、深く考えることができる日があったりして、自分にとって大切な時間になってきました。しかも、この【手を合わせる時間】は、完全に自分の中だけの時間なので、他の誰かが入ってくることはないし、時間が制限されるわけでもありません。こうしなければならない…ってこともないので、ただ単に頭に思い浮かんでいることを見つめている…って感じです。ただ、それを毎日続けていると、ある瞬間にふと見えてくる世界がある…ってことがだんだんとおもしろくなっています。
そんな自分を「ご先祖さま」が温かく見守ってくださっている。
この自分が何に感謝をしているのか…ってことを見つめるのは、1人でやっている…というわけではなく、その感謝していることを「ご先祖さま」に伝える…って時間なので、ずっと「ご先祖さま」が見てくださっています。でも、それは何かを指示命令するとか、引っ張っていってくれるとか、そんなことは全くありません。ただただ、そこにいてボクが自分自身を見つめて、発したことをそのまま聞いてくださっていて、ただただ見守ってくださっている…って、ただそれだけ。だけど、それがすごく温かい…というか、安心できる…というかそんな感じがあります。
そんなことを感じるようになって、「お参り」に行き始めた頃に教えていただいた、リスペクトする先輩の「手を合わせて感謝すれば『ご先祖さま』は必ず幸せを返してくれる。」という言葉が余計に心に響いています。おそらく、「ご先祖さま」に手を合わせて感謝をする…ということは、同時に、自分の心を見つめる時間になる…ってことになるんだと思います。そしてそこは、誰かに何かを強要されるわけでもなく、誰かが介入してくることもなく、自分のペースで大丈夫で、しかも「ご先祖さま」が温かく見守ってくれている…という安全安心な場所。
おそらく、手を合わせて「ご先祖さま」に感謝するということは、そういった安全安心の場所で、自分自身を見つめることができる時間になる…。そのことが回り回って自分に幸せを運んできてくれるのかもしれないな…と思っています。これから自分の中に、どんな変化が起こるか…ってことも楽しみにしながら、毎朝の「お参り」で「ご先祖さま」への感謝を伝えていきたいと思います。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- 息子が「お参り」をする姿から気づいた、そこに広がる世界のこと。
石屋になってから、毎朝「お参り」に行くようになりました。「お参り」を始めた頃は、手を合わせて何をすればいいのか…が分からなかったので、とりあえず形として手を合わせていました。そんな時、リスペクトする先輩から「『お墓』は幸せの交換の場所」という話を教えていただきました。そして、「『ご先祖さま』に感謝して幸せを願えば、必ず返してくれる。だから、手を合わせた時は『ご先祖さま』に感謝を伝えるだけで十分。」ってことを教えていただきました。
それまでは「お参り」に行きながら若干戸惑っていたけれど「それならできる!」と思って、その日から「お参り」の時間を「ご先祖さま」に感謝する時間としました。そして、心の中で「いつも見守ってくださって、ありがとうございます。」って伝えることだけに集中しました。すると、不思議なのですが、ザワザワしていた心が少し落ち着いていくのを感じました。そして、おじいちゃんやおばあちゃん、お世話になったみなさんが心に浮かぶようになって、感謝するだけでなくて、ちょっとずつ対話をしている自分に気がつきました。そして、心の中で家族のことや仕事のことなどについても、少しずつ言葉になっていくことにも気づきました。毎日、感謝をして、対話をして、自分の中で言葉になっていくこととまた向き合うので、家族や仕事に対する気持ちも少しずつ変化していきました。
手を合わせることは「お墓さん」におられる方に…と思っていましたが、それだけじゃなくて、「ご先祖様」のことをイメージしながら、いろんなことを見つめる時間、振り返る時間になっています。そこに「ご先祖さま」がそっとそばにいてくださって、見守ってくださってる…って感じ。不思議ですが、おもしろいです。
息子が「お参り」をする姿から気づいたこと。
自分自身にとってもものすごく大切な時間になっているのですが、ここ数年は朝の「お参り」に息子がついてくるようになりました。真摯に「お参り」をする息子の姿から、日々気付かされることがあります。
となりで真摯に手を合わせる息子を見ていていつも思うことは、彼が心の中でどんなことを思っているかは全く分からない…ってこと。でも、彼は本当に真摯に手を合わせていて、「ご先祖さま」と対話をしていることは間違いありません。だけど、それは隣で見ているボクには全く分からないんです。息子を見ていて思ったのですが、よく考えたら、ボク自身が「お参り」しているのを見ている周りの方がいたとしても、ボクが何を心の中で思って祈っているのか…ってことは誰も分かりません。「お参り」を始めた頃、何をどうしていいか分からなかった時と、その頃とはだいぶと心境が変わってきてたくさんの対話をしている今と、もしも周りで見ている方がいたとすれば同じように見えるかもだけど、確かにボク自身の心の中は全く違います。おもしろいです。
こんなことを感じるようになって、ある時、息子に「『お参り』をしている時って、何か心の中で話をしているの?」って質問してみたことがありました。すると、息子は「お墓さんでは『ご先祖さま』に、神社では『神様』に『ありがとうございます』ってお礼を伝えて、お願いしたいことをお願いしている。」って教えてくれました。おもしろいです。
「手を合わせる」ことで広がる世界。
こうやっていろんなことを考えていると、「手を合わせる」ってことは、息子もボクもそうだけど、誰にも邪魔されないし、誰にも分からない【その人の中だけの世界】が広がるんだな…ってことです。
息子は、お墓さんで「ご先祖さま」のことを思うと「ご先祖さま」と対話をしているし、神社で「神様」を思うと「神様」と対話をしています。この話を聞いていて気がついたのは、「お参り」する場所が違うだけで、彼の心の中では彼が思った相手と対話をしている…ってこと。そう考えると、確かにボクも、おじいちゃんを思うとおじいちゃんと対話ができるし、おばあちゃんを思うとおばあちゃんと対話ができます。師匠を思うと師匠と。神様のことを思うと神様と…。自分自身が誰を思うか、何を思うかってことで、その先に無限の世界が広がっていく…という不思議。おもしろいです。
そして、それは、ボク自身がそうだったように、いきなり広がっていくものではなくて、日々繰り返し手を合わせて、何度も何度も練習をすることで、その世界を広げていくことができるのかもしれないな…と思っています。ボクもこれから日々「お参り」をして向き合っていくつもりです。がんばります。
最近、これまではほとんどついてこなかった次男が「お参り」についてくるようになりました。次男も、初めはよく分からないかも…と思いますが、毎日「お参り」を繰り返す中で、いろいろ感じてくれると嬉しいです。息子たちと「お参り」を続けることで、彼らがこれから大きくなっていく時に、少しでも彼らを支える世界を心の中に広げてくれたらな…と思っています。庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- ボクらが手を合わせた先に、どんな世界が広がっているのか?
前にお祭のことについて書いた「大切なのはそこに至るまでの全てのプロセス」という記事の中で、秋季例大祭は「年に一度、神様が街に降りてきてくださる日」という話を書いたところ、その記事を読んでくださった方から「神無月(かんなづき)」のことについて教えていただきました。10月のお祭りだけど「ボクらがお祭りをやっている時、そこに神様がおられたのか?」って話です。
この10月のことを「神無月」と呼ぶのは、10月に全国の神々が出雲国に集まるため、他の地域には神様がいなくなる月という意味。逆に、神様が各地から出雲に集まる出雲国では、この月を「神在月(かみありづき)」と呼ぶそうです。この話の流れだったら、確かにいないかも…って話も分かります。
このご指摘をいただいてから、10月に神様は氏神様におられないのか?ってことについて、いろいろ調べてみたのですが、はっきりとしたことは分かりませんでした。引き続き、調べていきたいと思っていますが、このことを考えてみて気がついたのは、氏神様やお墓さんで手を合わせている時に、神様がそこにおられるかどうか、どんな様子でそこにおられるか…ってことって、これまでちゃんと考えていなかったな…ってことでした。
「手を合わせる」時に見ているものって…?
普段、全く意識していなかったけど、改めて考えてみると、手を合わせている時にイメージしていることは、目の前にある形であったり、場所であったり…ではないかもしれないな…ってことです。氏神様におられる神様がどんな神様か…とか、お墓にどなたがいて、その形がどうか…なんだかそういう細かいことって正直ほとんど気にしていなかったな…って思っています。
実は、石屋になってから「『お参り』する時に何を見ているのか…?』ってことを考えさせられた印象的な瞬間がありました。それは、石屋になって間もないころのこと。お墓さんを作る仕事なので、地域によるお墓さんの形とか、大きさや石の種類とか、必死で勉強するようになりました。作り方とか仕上がりとかも大切になるから、そういうことを考えるようになりました。しばらくして、確かにそういったことが見えるようになってきましたが、そうやって「お墓さん」のことが分かるようになって気がついたことがありました。それは、石屋になるまでは、自分が「手を合わせる」時には、「お墓さん」の大きさや形、石の種類のことを全く気にしていなかった…ってこと。ボクが手を合わせた時に見ていたのは、その先にいるおじいちゃん、おばあちゃんだったり、自分が大切に思う亡くなった方々を見ていたし、お墓さんを見た時は「おじいちゃんが建ててくれたお墓さんや。」ってことを考えておじいちゃんをイメージしていました。
確かにそこに「お墓さん」があるんだけど、そのものを見ていない…という不思議。このことに気がついた時のちょっとした不思議な感覚は今でもよく覚えています。その「お墓さん」を作らせていただいてることについて、いろいろ考えさせられる気づきでした。ボクが石屋として今大切にしていることは、この気づきから始まっています。しっかりとしたいいものを作りたいのはもちろんだけれど、それ以上に大切にしたいのは、みなさんが大切な方に心を寄せる温かい場所になるような「温度のある『お墓さん』」を作りたい…ってこと。日々精進しながら、とにかく心を入れて、お墓さん作っている日々です。がんばりたいと思います。
「手を合わせる」ってことの先には何があるのか?
こんなことを考えながら、いつものように息子と朝の「お参り」に行くと、真摯に手を合わせて「お祈り」をしている息子の姿がありました。そんな息子の横にいて思うのは、毎日一緒に行ってそばにいたとしても、手を合わせた彼が考えていることは、ボクには全く分からない…ってこと。息子の姿を見ていて思うのは、手を合わせて目を閉じた瞬間から、たとえ親だったとしても、どれだけ近くにいても、誰も入ることができない自分だけの世界が広がるってことです。そして、そこには徹底的に応援してくださる「ご先祖さま」がいて、対話が始まる…。なんだかすごいなと思っています。
そんなことを思いながら、最初に考えていた「『神無月』に神様はおられるのか?」って話を考えていると、そこに神様がおられるかどうか…ってことは、そこまで大きな問題じゃないかもしれないな…ってことです。「お参り」する息子は「手を合わせる」ってことをした瞬間に心の中で間違いなくつながることができているだろうな…ってこと。「ご先祖さま」や神様がどこにおられても、たぶんあまり関係ないんだと思います。うまく言葉にできないけれど、「ご先祖さま」や「神様」がどこにおられても、意味を知っていても知らなくても「手を合わせる」ってことは自分の中にすーっと現れてくれて、力を与えてくださる…って感じなのかもと思います。記事を読んでくださった方から感想をいただいたことで、改めて「手を合わせる」ってことのすごいパワーを改めて考えることができました。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- 大切な方が亡くなっても「対話」はずっと続いていく。
石屋になってから、ずっと続けてきた毎日の「お参り」。ここ数年は息子もついてくるようになって、「子どもにとって『お参り』は最強のサポーターになる!」ということが分かってきました。ボクが感じていること、そして息子の姿について、できるだけ話題にしたり、出会う方にはできる限り伝えるようにしています。
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当初は、こんな「お参り」のことを伝えたら「『えっ?』って思われて引かれるかも…。」って気持ちがありました。でも、一生懸命に伝えてみると、多くの方が「これまではやってなかったけど、手を合わせるようになりました。」とか「子どもと一緒に『お参り』にいくようになりました。」という話をしてくださる方が現れるようになりました。若い世代の方も、熱い思いを持っている。
ご自身やお子さんと「お参り」をするようになった…という話だけでなく、手を合わせるようになって「ご先祖さま」へのイメージが大きく変わった…という話や、さらに、亡くなってしまった大切な方のことについて語ってくださる方もいてくださることに驚いています。
「ご先祖さま」を大切にする心は薄れてしまっている…といった話を聞くことがありますが、こうやっていろんな方と話していると、そんな空気はあまり感じません。例えば、20代、30代の若い世代の方たちも…いやもしかしたらむしろ若い世代の方達の方が反応が良かったり、本当に熱く思いを語ってくれたりすることが多いと感じています。そして、若い世代の方たちが実際に家で手を合わせたり、子どもさんを連れて「お参り」に行くようになったり…って方がたくさんおられます。おそらく、これまであまりそういった話題に触れてこなかっただけで、そういう話題に触れると行動にまでつながっていく…ということなんだと思います。「ご先祖さま」を大切にする心は、世代に関わらず、みんな実は心の中に持っているものなんだろうな…と思っています。
ただ、確かに、普通に生活をしていると「お参り」のこととか、亡くなってしまった大切な方のことを話す機会って、ほとんどない…というか、全くないのが現状かも…と思います。だけど、こうやって「お参り」の話をすると、熱心に聞いてくださったり、熱く反応してくださったり…、さらには自分の思いや自分自身の経験を語ってくださる方がたくさんいる…というのが事実なんです。亡くなった大切な方との対話はずっとずっと続いていくもの。
「お参り」の話を伝えた時に語っていただける話は、本当にどれも素敵な話で、いつも泣きそうになるし、感動させられることが多いです。たくさんの話を伺った中のお1人、この前、庵治産地に遊びに来てくださった方は、「大切な母が亡くなった時に、手を合わせて『お祈り』をしたら、イメージの中に母が現れてくれて対話をすることができたんです。」
という話をしてくださいました。その方は、お母さんが亡くなる前に、お寺さんで数日間の修行体験をした時に「手を合わせる。」ってことについて学んでいたんだそうです。その時の経験を思い出し、お母さんが亡くなってしまった時に「手を合わせる」ってことをしたことで、心の中にお母さんが現れて、対話をすることができた…ということ。本当に大切でステキなことだと思いました。
その方とも話していたのですが、大切な方のことを思って「手を合わせる」ってことは、難しいことでなないし、宗教的な知識が必要なわけでもありません。ご先祖さまや大切な方のことを思って「手を合わせる」ってただそれだけです。それだけで、その先にご先祖さまや大切な方が現れてくださる…ってこと。思えばそこにいてくださるし、思わなかったらそこにいない…。不思議だけど、そうなんだと思います。この話を聞いて、ボクと4歳上の兄との間の2人の姉のことを思い出していました。ボクの2人の姉は、産まれてすぐに亡くなってしまいました。だから、ボク自身は会ったことがないんだけど、ボクはその姉のことを思って生きてきました。なので、ずっとずっと心の中にいるし、ずっとずっと対話を続けています。
2人の姉とボクとの対話は、ボクが物心ついたころから続いています。2人の姉が亡くなったのはボクが産まれる前だから、顔も姿も分からないけれど、ずっとずっと心の中に2人の姉がいます。そしてこれはおそらく、ボクが死ぬまで続くことだと思います。
2人の姉との関係のことを考えると、乗り越えることができたらもう終わり…とか、納得できればそれでOK…といった類のものではないように思っています。ずっとずっと心の中にあって「手を合わせる」ことで現れてくれていつでも対話することができる存在…、ずっとずっとそばにいてもらえる大切な存在…って感じです。不思議だけど、そうなんです。
この時代だからこそ「手を合わせる」ってことを大切にしたい。
ボクが「お参り」のことを伝えさせてもらった方と話をさせてもらって、ご自身の大切な方が亡くなってしまったことについての話をしてくださった後にいつも話すのは「こういう機会はあまりない…」ってこと。もしかしたら、あえてそういった話に触れることをしなくても、日々の暮らしは何もなく過ぎていくんだと思います。そして、家族関係の変化や社会の変化、地域コミュニティの変化などの影響で、例えば「お参り」に対する距離もそうだけど、身の回りで起こる「死」との距離が少しずつ離れてきているのが事実で、話題になることも少ないし、考える機会も減ってきているのは確実です。
だから、今は「お参り」ってことから、すでに離れてしまっている方も多いかも知れません。でも、おそらく触れる機会がないだけ、話題にするチャンスがないだけで、誰もの心の中に亡くなってしまった「大切な方」の存在は大きくあるし、その人との関係はずっとずっと続いている…ってことは間違いないんじゃなかな…と思っています。こんな時代だからこそ、あえて大切な方を思って「手を合わせる」ってことを大切にして、たくさんの方と話をしていきたいと思っています。そしてボクは、できる限り時間を見つけて、息子たちと一緒に「お参り」をする…ってことを続けていくつもりです。そして、ことあるごとに「ご先祖さま」のことを話そうと思っています。「ご先祖さま」を大切に思って「手を合わせる」という習慣を持っていることが、彼らがこれから生きていくときの大きな力になるはずだから…。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- ボクらもこれからの世代の「サポーター」になる。
ボクは石屋になってから、毎日の「お参り」を続けています。ずっと続けてきて今、心から「『お参り』はいい!」って心から思っています。自分にとっても、そして何より子どもたちにとって「『お参り』は最強のサポーターになる!」と最近本気で思っています。
そんな「お参り」を始めたころ、どんな気持ちで「お参り」をしたらいいかが分からずにいた時に、リスペクトする石屋の先輩に「お墓さん」は「幸せの交換の場所」だということを教えてもらいました。それは、「ご先祖さま」に感謝して幸せを願えば、「ご先祖さま」は幸せを返してくれる。だから、「お墓さんに行ったら、『ご先祖さま』のことを思うだけで十分。」ってことでした。
それ以来、「お墓さん」と氏神さまに「お参り」をしながら、妻のおじいちゃん、おばあちゃん、そしてご先祖さま。ちょっと遠いけど九州の自分のおじいちゃん、おばあちゃん、そしてご先祖さま、さらに亡くなってしまったお世話になった友人や先輩方への感謝と幸せを願うようになりました。毎日のように、こうやって「ご先祖さま」のことを思う時間を作っていると、これまでもぼんやり思っていたけれど、最近ははっきりと、おじいちゃんやおばあちゃんはじめ「ご先祖さま」や、お世話になった友人や先輩方に見守られているんだな…ってことを感じるようになりました。
世代を超える「ご先祖さま」のパワー。
そして、「お参り」に息子がついてくるようになって、もうすぐ2年になります。真摯に「お参り」する息子の姿から、学ぶことがたくさんあるんですが、そのうちの1つ。ちょっと不思議なんですが「これからのこと」をよく考えるようになりました。息子が「お参り」しているお墓さんには、妻のおじいさんとおばあさん、つまり息子からしたら「ひいじいちゃん」と「ひいばちゃん」がおられます。息子は、確かにその「お墓さん」にお参りして、いろいろお願いをしたり、感謝をしたりして、「お墓さん」が息子の最強のサポーターになっている…と感じています。それは本当にすごいです。
ただ、息子はその「ひいじいちゃん」と「ひいばあちゃん」とは出会っていないし、おそらくどんな方だったのかもよく知りません。だけど、その「ひいじいちゃん」と「ひいばあちゃん」のおられる「お墓さん」に毎日のように「お参り」に行って、とことんサポートしてもらっている…ということです。そこにある世代を超えた「ご先祖さま」のパワーはすごいな…と思います。さらに、息子が「お参り」をしている姿を横で見ていると、例えば、ボクが死んでしまったら、息子はこうしてまたボクに手をあわせるのかも知れないな…とか、何か困ったことがあった時にこの「お参り」が彼を支えるものになったらいいのにな…とか、そんなことを考えるようになりました。これまでは「過去から自分までの時間軸」しか考えていなかったけど、「今から未来への時間軸」もそこに生まれるようになりました。こっちも世代を超えていく…って話です。おもしろいです。
自分もこれからの世代の「ご先祖さま」になる。
未来のことを思うようになって、よく考えるようになったのが、自分も「ご先祖さま」になるんだな…ということ。息子たち、そしてそのまた子どもたち、さらにその先の子たちからすると、ボクは間違いなく「ご先祖さま」。そんなことを思って、息子との朝の「お参り」をしていたら、息子がサポートしてもらっている「ひいじいちゃん」や「ひいばあちゃん」をはじめとした「ご先祖さま」のように「ボクがなれるのか…?」ってことを考えていました。そんな「ご先祖さま」になるにはどうしたらいいのだろう…?って。
そんなことを考えていて、ふと思ったことがありました。それは、息子が「ひいじいちゃん」や「ひいばあちゃん」のことをよく知らないけれど、そこに手を合わせることでサポートしてもらえている…ってことは間違いありません。だけど、この時、その「ひいじいちゃん」や「ひいばあちゃん」がどんな人だったか…ってことは、全く問題になりません。どんな生き方をしておられたか?どんな性格の方だったのか?そんなことは全く分からないし、全く知らなくても、息子にとっては大切な大切な「ご先祖さま」。そして、めちゃくちゃサポートしてもらっていて、めちゃくちゃパワーをもらっている…という事実。そこから考えると、もしかしたらボク自身も「ご先祖さま」になるために何かをしないといけないわけではなく、”そこにいる”ってことだけでいいのかも知れないな…ってことです。
そこに「ご先祖さま」として存在していて、息子や、息子の子どもたち、そしてもっと先の子どもたちが「お参り」の習慣さえ持っていてくれたら、今、息子が力をもらっているのと同じことがそこに生まれて、ボクの存在が力になるはず…と。
感謝することで、その方が自分を支えてくれる存在になる。
前に、石屋の先輩に「ご先祖さまのことを思うだけで十分。」って教えていただいたように、「ご先祖さま」に感謝して幸せを願うことで、自分自身の中にその「ご先祖さま」に見守ってもらっている…という感覚が生まれるのかもしれないな…と感じています。そんなことを思って、また息子との朝の「お参り」をしていて思ったのは、手を合わせて感謝することで「ひいじいちゃん」と「ひいばあちゃん」からサポートをもらっているように、もっと先の「ご先祖さま」、そしておそらく「ご先祖さま」だけでなく、お世話になった友人や先輩方などの存在を1人ずつ意識することができれば、1人ずつ「サポーター」が増えていくかも知れないな…ってこと。
おじいちゃん、おばあちゃんはじめ「ご先祖さま」、そしてお世話になった友人や先輩方など、こちらがその方を思ってこちらが感謝すればするだけ、自分自身が手を合わせる時に思ったみなさんに応援してもらえてる…って感じられるってことなんじゃないかと思います。
だからこそ、まずは自分の息子たちには、「ご先祖さま」だったり、お世話になった方々にしっかりと手を合わせることを教え、習慣になるように「お参り」に連れていきたいと思います。そして、ことあるごとに、息子の子どもたち、さらにその子どもたちも「お参り」の習慣が続いていくように…と息子に話して聞かせてやろうと思います。そして、できる限り「お参り」を続けて、その良さをできる限りたくさんの方に伝えていきたいと思っています。そうすることで、息子が「ご先祖さま」に支えていただいているようなステキな関係が広がり、いずれボクらがこれからの世代の「サポーター」になれるはずだから…。
なんか、こうしていろいろ考えていると、改めて「お参り」って素敵だな…って思っています。お互いを思い合える「お参り」の習慣をつないでいくことで、世代を超えて、大切に思い合ったり、支え合ったりすることができる…という不思議な力がそこに生まれてくるのかもしれないな…と思っています。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
- 「形」と「手間」の中でこそ向き合えること。
ボクは、ここ数年、毎朝の「お参り」を続けています。「お参り」を続けているとて、間違いなく自分にとっていい変化がたくさん生まれていることを実感しています。そして、ここ数年は、長男も一緒に「お参り」に一緒に来ていて、真摯に手をあわせる息子の姿を見ながら考えることがたくさんあります。ボクはもともと小学校の先生をしていたこともあって、教育や心理学の視点から見ても、
「『お参り』は、子どもたちにとって間違いなくいいもの!」
と断言できます。
このことを、友人などに伝えると、本当に多くの方が「1日に1回、手を合わせる時間を作っています。」ってことや「子どもと一緒に手を合わせるようになりました。」とお知らせをくれます。そして、手を合わせるようになった友人からは、「感謝する気持ちが湧いてきました。」とか「ご先祖さまとのつながりを再認識しました。」とか「心がスッキリするいい時間になっています。」などなど、素敵な感想が続々と届いています。
さらに、その時だけじゃなくて、ずっと続けている方だったり、ことあるごとに子どもを連れて「お参り」にいくようになった方だったり…が想像以上にたくさんいて、「『お参り』はいい!」って言ってくれることに驚いています。「お墓参り」は、子どもたちに負担がかかる?
しかしながら、一方で「お墓参り」が負担だと感じている人も少なくないことは、よく報道されている事実です。よく聞くのが「子どもたちに負担をかけたくない…」という話。「負担がかかる」から「片付けてしまう…」という話ですが、これは、ボクが「お参り」をするようになって感じていることや、子どもと一緒に「お参り」をするようになって感じていることとは正直言って全くの真逆の意見。ボク自身は、そこに「お墓さん」という「形」があるおかげで続けている「お参り」からたくさんのことを教えてもらえているし、子どもにとって「『お参り』はいい!」ってことは絶対に間違いない!…と確信しています。
ただ、確かに息子との「お参り」を続けていると、「お墓さん」に参るときのお線香やろうそくを準備したり、花を用意したり、何かと手間がかかります。草が生えていたり、時に鳥がたっぷりフンをしていたり、掃除をするのにも手間がかかります。さらに、毎日「お参り」をしていると「お参り」をするからこそお線香のヤニがついたり、お花の花びらが落ちたりして、汚れてしまってキレイにするのに手間がかかります。
この「お参り」をするからこそ「手間がかかる」…ということは、確かにそうだと思うし、やればやるほど「手間も増えていく…」とさえ思います。この「手間がかかる。」ということが「悪」…というイメージが広がっている気がしていますが、自分自身が「お参り」を続けてきて思うのは、これは本当に「悪」なのだろうか?という疑問です。
「ご先祖さま」とのつながりは「無形の家督」。
そんなことを考えていたら、柳田國男さんの「先祖の話」の中に、こんなことが書いてあるところを見つけました。国の経済の組織が発達してくれば、家督はもちろん土地でなくともよい。しばしば滅失の危険にさらされる有形の財産よりも、むしろかほどまでに親密であった先祖と子孫の者との間の交感(感情の通じ合い)を、できるだけ具体的に知っている方が、どのくらい家の存続に役立つか知れない。それを「無形の家督」と呼ぶことは、今はまだ呑み込み(納得する)にくかろうと思うが、私がこれから談(かた)ってみようとしているのは、主としてその方面の隠れたる事実である。
柳田國男「先祖の話」・「10.家督の重要性」より引用
「家督」っていうのは財産のこと。つまり、いつなくなるかわからない「形のある」土地やお金などの形のある財産よりも、先祖と子孫が通じ合っていることについて、できるだけ知っていることが…「形のない財産」ってくらい大切だ…って話。この話を読んでから、子どもたちと一緒に「お参り」をして、「ご先祖さま」に手を合わせるという習慣を子どもたちに身につけさせてあげることは、柳田國男さんがおっしゃるように形のある財産以上の価値がある…ということだと、ボク自身も確信するようになりました。
この「ご先祖」さまとのつながりについて、ちょっと前の時代までは、家にあるお仏壇に「お参り」をしたり、近所にあったお墓さんに「お参り」をしたりすることが生活の近くにあって、ごくごく当たり前の風景だったはず…。おそらく、当たり前だっただけに「負担がかかる。」「めんどくさい。」というネガティブな部分がよく目についたはずで、そのことを感じることの方が多かったんじゃないか…と思います。ただ、その「お参り」という行為の中で、柳田國男さんがいう「無形の家督」のような言葉になっていないたくさんのポジティブな「良さ」を享受しいていたことも事実だったはず…です。だけど、今の時代は、家族の形態が変わり、コミュニティの形態が変わり、ネガティブな「負担がかかる」ことや「めんどくさい」ことをする必要がなくなってきています。「お参り」をする必要もなくなってきて、だんだんと「ご先祖さま」とのつながりを感じることは少なくなってきている…というか、もう感じることもできなくなりつつある…って感じで、言葉になっていなかったけど享受していたたくさんのポジティブな部分も失ってしまっているのかもしれないな…と思います。
この時代だからこそ、あえて「形」と「手間」を…。
こんなことを言ってるボク自身も、実は核家族で育ちました。家に仏壇はなくて「お参り」する習慣はなかったし、お墓さんも近所にはなくて遠いところにあったので、なかなか「お参り」はできませんでした。そんなボクが、今になって「『お参り』はいい!」という確信を持つようになり、友人に伝えると友人も同じように良さを感じるようになった…ってことなんです。
これまでのしがらみがない核家族で育ったボクや友人たちは、そのネガティブな側面を知らないからこそ、純粋にその「良さ」の部分だけをポジティブに捉えているのかも知れないな…と感じています。そのポジティブな部分が柳田國男さんのいう「無形の家督」の一部分なのかも…と思っています。では、なぜ小さい頃から習慣としての「お参り」が当たり前じゃなかったボクが「お参り」をスタートさせて続けてこられたか…というと、香川に越してきて石屋になったことで、近くにある妻の実家のお墓さんに「お参り」をするようになったから…です。そこに「お墓さん」という「形」があったからこそ…感じられるようになったことだと思っています。
もし、「お墓さん」という「形」がなかったら、ボクは「お参り」をしていないと思います。「お参り」をしていなかったら、こうして「ご先祖さま」のことを深く考えることもなかったはず…です。同じように息子も「お参り」をすることはなかっただろうし、当然、息子がその良さを感じることはなかったはず…で、子どもにとっての「お参り」の良さについて考えることもなかったと思います。
状況によっては「負担だ…」と感じるかも知れないお墓さんという場所が「形」としてあったからこそ、ボクと息子は「お参り」をスタートしたし、ずっと続けているからこそ感じられたことがたくさんあります。そして、状況によっては「めんどくさい」と感じるかも知れない、お花やお線香、ろうそくなどを準備したり、手順通りにお墓さんにお供えしたり…という「手間」のかかる「お参り」をスタートしたし、ずっと続けているからこそ、いろいろと考えたり、自分と向き合ったりすることができたんだと思います。
今は、家族の形態が変わり、コミュニティの在り方が変わっていっている時代。自分自身の体験から、もしかしたら「負担だからいらない。」「めんどくさい。」と感じてしまいがちな「形」と「手間」の中でこそ向き合えることがあるはず…ってことを心から感じています。この時代だからこそ、これからの子どもたちのために、今ある「形」と「手間」をあえて手放さずにそばに置いておく…ってことも大切なことなのかも知れないな…と思っています。庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
