うちの家は、昔から「うちの先祖のことは、おじいちゃんまでしか分からない。」ということが当たり前だと思ってずっと過ごしてきました。そして、ボクのおじいちゃんは、亡くなってしまう最期の最期まで、うちの家系のことや「ご先祖さま」のことについて、全く何も語ることはありませんでした。
その結果、ボクらは、おじいちゃん以前の「ご先祖さま」のことは全く知らないまま、ずっと過ごしてきたし、そんなものかな…って感じで、特に深く考えることもありませんでした。
だけど、去年のお盆に、仏壇にある位牌を掃除していて、全く知らない「ご先祖さま」のお名前があることに気づきました。石屋になってから、リスペクトする先輩に「いつか家系図を作ったほうがいい。」と勧められていたこともあって、そのタイミングで家系図を作ってみることにしました。
「家系図」を作ったからこそ見えてきたこと。
「家系図」を作ってみて分かったことは、「家系図」を作ることは、煩雑で難しいこと…といったイメージが完全に間違っていた…ということでした。令和6年3月の戸籍法の改正で「広域交付制度」というのができていて、住んでいる市町村や勤務先の最寄りの役場や役所にいくと、1か所の市区町村の窓口でまとめて戸籍を取り寄せることができるようになったので、一気に明治初期くらいまでの戸籍を取り寄せられました。
つまり、シンプルにいうと”ものすごく簡単だった”ということです。
役所の方が、戸籍を取り寄せるためのメモを作ってくださっていたので、そのまま「家系図」を作ることができました。すると、驚くほど鮮明に、「ご先祖さま」との関係が見えてきたし、なぜおじいちゃんが語らなかったのか…ってことがありありと見えてきて涙が出ました。
「うちの先祖のことは、おじいちゃんまでしか分からない。」
ということが当たり前だと思ってずっと過ごしてきたのですが、それは、事情があって「おじいちゃんが語らなかった…」と思い込んでいたのですが、「家系図」を作ってみて分かったのは、「おじいちゃん自身が『ご先祖さま』のことを知ることができなかった…」ということでした。
「家系図」を作ったことで初めて得た感覚。
「家系図」を作ってから、約半年が過ぎました。作ってすぐには分からなかったのですが、明らかに前とは違った気持ちになっていることを感じています。これまでは分からなかった、おじいちゃんより以前の「ご先祖さま」が確かにそこにおられたこと、ご位牌に刻まれているお名前、お墓さんの霊標に刻まれているお名前が、どんな繋がりの方なのかが分かるようになりました。
それが分かるようになって、確かに感じるようになったのは「地面に足がついた感」があるということです。それはもうかなりハッキリと感じています。そして、この感触を感じるようになってはじめて、それまでのことが表現できるようになったのですが、それまでは「宙に浮いたような感覚」だった感じだったんだ…と最近感じています。
この感覚は、別のことを調べている時に「グラウンディング」という言葉で語られていることを知りました。まさに、ボクが感じた感覚と同じような「地に足がついた感」が、ストレスや不安を和らげる…ということが知られているんです。もしかしたら、ボクは「家系図」をまとめたことで、この「グラウンディング」と同じような感覚を得たのかも…って思っています。
今、核家族化が進んで、家族の形態が変わってきたことで、「死」との距離が離れてしまっていることや、「お参り」の習慣が薄れてしまっていることなどから、ボクと同じように気づかないまま「宙に浮いたような感覚」になってしまっている人もいるかも知れないな…と思っています。
「手を合わせる」習慣を持つこと、「家系図」をまとめて先祖のことを知ること、自分のルーツを確かめたりすることは、もちろん「ご先祖さま」のご供養になるんだと思いますが、それ以上に、不安定な自分に気づいたり、不安を和らげたりする…ってこと、自分自身が体験して感じています。みなさんも、ぜひ「家系図」にチャレンジされてみてはいかがでしょうか?
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
