石屋になってから、ずっと続けてきた毎日の「お参り」。ここ数年は息子もついてくるようになって、「子どもにとって『お参り』は最強のサポーターになる!」ということが分かってきました。ボクが感じていること、そして息子の姿について、できるだけ話題にしたり、出会う方にはできる限り伝えるようにしています。
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当初は、こんな「お参り」のことを伝えたら「『えっ?』って思われて引かれるかも…。」って気持ちがありました。でも、一生懸命に伝えてみると、多くの方が「これまではやってなかったけど、手を合わせるようになりました。」とか「子どもと一緒に『お参り』にいくようになりました。」という話をしてくださる方が現れるようになりました。
若い世代の方も、熱い思いを持っている。
ご自身やお子さんと「お参り」をするようになった…という話だけでなく、手を合わせるようになって「ご先祖さま」へのイメージが大きく変わった…という話や、さらに、亡くなってしまった大切な方のことについて語ってくださる方もいてくださることに驚いています。
「ご先祖さま」を大切にする心は薄れてしまっている…といった話を聞くことがありますが、こうやっていろんな方と話していると、そんな空気はあまり感じません。例えば、20代、30代の若い世代の方たちも…いやもしかしたらむしろ若い世代の方達の方が反応が良かったり、本当に熱く思いを語ってくれたりすることが多いと感じています。
そして、若い世代の方たちが実際に家で手を合わせたり、子どもさんを連れて「お参り」に行くようになったり…って方がたくさんおられます。おそらく、これまであまりそういった話題に触れてこなかっただけで、そういう話題に触れると行動にまでつながっていく…ということなんだと思います。「ご先祖さま」を大切にする心は、世代に関わらず、みんな実は心の中に持っているものなんだろうな…と思っています。
ただ、確かに、普通に生活をしていると「お参り」のこととか、亡くなってしまった大切な方のことを話す機会って、ほとんどない…というか、全くないのが現状かも…と思います。だけど、こうやって「お参り」の話をすると、熱心に聞いてくださったり、熱く反応してくださったり…、さらには自分の思いや自分自身の経験を語ってくださる方がたくさんいる…というのが事実なんです。
亡くなった大切な方との対話はずっとずっと続いていくもの。
「お参り」の話を伝えた時に語っていただける話は、本当にどれも素敵な話で、いつも泣きそうになるし、感動させられることが多いです。たくさんの話を伺った中のお1人、この前、庵治産地に遊びに来てくださった方は、
「大切な母が亡くなった時に、手を合わせて『お祈り』をしたら、イメージの中に母が現れてくれて対話をすることができたんです。」
という話をしてくださいました。その方は、お母さんが亡くなる前に、お寺さんで数日間の修行体験をした時に「手を合わせる。」ってことについて学んでいたんだそうです。その時の経験を思い出し、お母さんが亡くなってしまった時に「手を合わせる」ってことをしたことで、心の中にお母さんが現れて、対話をすることができた…ということ。本当に大切でステキなことだと思いました。
その方とも話していたのですが、大切な方のことを思って「手を合わせる」ってことは、難しいことでなないし、宗教的な知識が必要なわけでもありません。ご先祖さまや大切な方のことを思って「手を合わせる」ってただそれだけです。それだけで、その先にご先祖さまや大切な方が現れてくださる…ってこと。思えばそこにいてくださるし、思わなかったらそこにいない…。不思議だけど、そうなんだと思います。
この話を聞いて、ボクと4歳上の兄との間の2人の姉のことを思い出していました。ボクの2人の姉は、産まれてすぐに亡くなってしまいました。だから、ボク自身は会ったことがないんだけど、ボクはその姉のことを思って生きてきました。なので、ずっとずっと心の中にいるし、ずっとずっと対話を続けています。
2人の姉とボクとの対話は、ボクが物心ついたころから続いています。2人の姉が亡くなったのはボクが産まれる前だから、顔も姿も分からないけれど、ずっとずっと心の中に2人の姉がいます。そしてこれはおそらく、ボクが死ぬまで続くことだと思います。
2人の姉との関係のことを考えると、乗り越えることができたらもう終わり…とか、納得できればそれでOK…といった類のものではないように思っています。ずっとずっと心の中にあって「手を合わせる」ことで現れてくれていつでも対話することができる存在…、ずっとずっとそばにいてもらえる大切な存在…って感じです。不思議だけど、そうなんです。
この時代だからこそ「手を合わせる」ってことを大切にしたい。
ボクが「お参り」のことを伝えさせてもらった方と話をさせてもらって、ご自身の大切な方が亡くなってしまったことについての話をしてくださった後にいつも話すのは「こういう機会はあまりない…」ってこと。もしかしたら、あえてそういった話に触れることをしなくても、日々の暮らしは何もなく過ぎていくんだと思います。
そして、家族関係の変化や社会の変化、地域コミュニティの変化などの影響で、例えば「お参り」に対する距離もそうだけど、身の回りで起こる「死」との距離が少しずつ離れてきているのが事実で、話題になることも少ないし、考える機会も減ってきているのは確実です。
だから、今は「お参り」ってことから、すでに離れてしまっている方も多いかも知れません。でも、おそらく触れる機会がないだけ、話題にするチャンスがないだけで、誰もの心の中に亡くなってしまった「大切な方」の存在は大きくあるし、その人との関係はずっとずっと続いている…ってことは間違いないんじゃなかな…と思っています。こんな時代だからこそ、あえて大切な方を思って「手を合わせる」ってことを大切にして、たくさんの方と話をしていきたいと思っています。
そしてボクは、できる限り時間を見つけて、息子たちと一緒に「お参り」をする…ってことを続けていくつもりです。そして、ことあるごとに「ご先祖さま」のことを話そうと思っています。「ご先祖さま」を大切に思って「手を合わせる」という習慣を持っていることが、彼らがこれから生きていくときの大きな力になるはずだから…。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
