ボクは石屋になってから、毎日の「お参り」を続けています。ずっと続けてきて今、心から「『お参り』はいい!」って心から思っています。自分にとっても、そして何より子どもたちにとって「『お参り』は最強のサポーターになる!」と最近本気で思っています。
そんな「お参り」を始めたころ、どんな気持ちで「お参り」をしたらいいかが分からずにいた時に、リスペクトする石屋の先輩に「お墓さん」は「幸せの交換の場所」だということを教えてもらいました。それは、「ご先祖さま」に感謝して幸せを願えば、「ご先祖さま」は幸せを返してくれる。だから、「お墓さんに行ったら、『ご先祖さま』のことを思うだけで十分。」ってことでした。
それ以来、「お墓さん」と氏神さまに「お参り」をしながら、妻のおじいちゃん、おばあちゃん、そしてご先祖さま。ちょっと遠いけど九州の自分のおじいちゃん、おばあちゃん、そしてご先祖さま、さらに亡くなってしまったお世話になった友人や先輩方への感謝と幸せを願うようになりました。
毎日のように、こうやって「ご先祖さま」のことを思う時間を作っていると、これまでもぼんやり思っていたけれど、最近ははっきりと、おじいちゃんやおばあちゃんはじめ「ご先祖さま」や、お世話になった友人や先輩方に見守られているんだな…ってことを感じるようになりました。
世代を超える「ご先祖さま」のパワー。
そして、「お参り」に息子がついてくるようになって、もうすぐ2年になります。真摯に「お参り」する息子の姿から、学ぶことがたくさんあるんですが、そのうちの1つ。ちょっと不思議なんですが「これからのこと」をよく考えるようになりました。
息子が「お参り」しているお墓さんには、妻のおじいさんとおばあさん、つまり息子からしたら「ひいじいちゃん」と「ひいばちゃん」がおられます。息子は、確かにその「お墓さん」にお参りして、いろいろお願いをしたり、感謝をしたりして、「お墓さん」が息子の最強のサポーターになっている…と感じています。それは本当にすごいです。
ただ、息子はその「ひいじいちゃん」と「ひいばあちゃん」とは出会っていないし、おそらくどんな方だったのかもよく知りません。だけど、その「ひいじいちゃん」と「ひいばあちゃん」のおられる「お墓さん」に毎日のように「お参り」に行って、とことんサポートしてもらっている…ということです。そこにある世代を超えた「ご先祖さま」のパワーはすごいな…と思います。
さらに、息子が「お参り」をしている姿を横で見ていると、例えば、ボクが死んでしまったら、息子はこうしてまたボクに手をあわせるのかも知れないな…とか、何か困ったことがあった時にこの「お参り」が彼を支えるものになったらいいのにな…とか、そんなことを考えるようになりました。これまでは「過去から自分までの時間軸」しか考えていなかったけど、「今から未来への時間軸」もそこに生まれるようになりました。こっちも世代を超えていく…って話です。おもしろいです。
自分もこれからの世代の「ご先祖さま」になる。
未来のことを思うようになって、よく考えるようになったのが、自分も「ご先祖さま」になるんだな…ということ。息子たち、そしてそのまた子どもたち、さらにその先の子たちからすると、ボクは間違いなく「ご先祖さま」。
そんなことを思って、息子との朝の「お参り」をしていたら、息子がサポートしてもらっている「ひいじいちゃん」や「ひいばあちゃん」をはじめとした「ご先祖さま」のように「ボクがなれるのか…?」ってことを考えていました。そんな「ご先祖さま」になるにはどうしたらいいのだろう…?って。
そんなことを考えていて、ふと思ったことがありました。それは、息子が「ひいじいちゃん」や「ひいばあちゃん」のことをよく知らないけれど、そこに手を合わせることでサポートしてもらえている…ってことは間違いありません。だけど、この時、その「ひいじいちゃん」や「ひいばあちゃん」がどんな人だったか…ってことは、全く問題になりません。
どんな生き方をしておられたか?どんな性格の方だったのか?そんなことは全く分からないし、全く知らなくても、息子にとっては大切な大切な「ご先祖さま」。そして、めちゃくちゃサポートしてもらっていて、めちゃくちゃパワーをもらっている…という事実。そこから考えると、もしかしたらボク自身も「ご先祖さま」になるために何かをしないといけないわけではなく、”そこにいる”ってことだけでいいのかも知れないな…ってことです。
そこに「ご先祖さま」として存在していて、息子や、息子の子どもたち、そしてもっと先の子どもたちが「お参り」の習慣さえ持っていてくれたら、今、息子が力をもらっているのと同じことがそこに生まれて、ボクの存在が力になるはず…と。
感謝することで、その方が自分を支えてくれる存在になる。
前に、石屋の先輩に「ご先祖さまのことを思うだけで十分。」って教えていただいたように、「ご先祖さま」に感謝して幸せを願うことで、自分自身の中にその「ご先祖さま」に見守ってもらっている…という感覚が生まれるのかもしれないな…と感じています。
そんなことを思って、また息子との朝の「お参り」をしていて思ったのは、手を合わせて感謝することで「ひいじいちゃん」と「ひいばあちゃん」からサポートをもらっているように、もっと先の「ご先祖さま」、そしておそらく「ご先祖さま」だけでなく、お世話になった友人や先輩方などの存在を1人ずつ意識することができれば、1人ずつ「サポーター」が増えていくかも知れないな…ってこと。
おじいちゃん、おばあちゃんはじめ「ご先祖さま」、そしてお世話になった友人や先輩方など、こちらがその方を思ってこちらが感謝すればするだけ、自分自身が手を合わせる時に思ったみなさんに応援してもらえてる…って感じられるってことなんじゃないかと思います。
だからこそ、まずは自分の息子たちには、「ご先祖さま」だったり、お世話になった方々にしっかりと手を合わせることを教え、習慣になるように「お参り」に連れていきたいと思います。そして、ことあるごとに、息子の子どもたち、さらにその子どもたちも「お参り」の習慣が続いていくように…と息子に話して聞かせてやろうと思います。
そして、できる限り「お参り」を続けて、その良さをできる限りたくさんの方に伝えていきたいと思っています。そうすることで、息子が「ご先祖さま」に支えていただいているようなステキな関係が広がり、いずれボクらがこれからの世代の「サポーター」になれるはずだから…。
なんか、こうしていろいろ考えていると、改めて「お参り」って素敵だな…って思っています。お互いを思い合える「お参り」の習慣をつないでいくことで、世代を超えて、大切に思い合ったり、支え合ったりすることができる…という不思議な力がそこに生まれてくるのかもしれないな…と思っています。
庵治石細目「松原等石材店」3代目 森重裕二
